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船の停泊している港ではなく、砂浜におりたいという深谷の要望に従い、俺たちは河口から海沿いの道を走って海水浴場まで来た。
自転車を駐車場の端っこに止めて、砂浜を波打ち際に向かって歩いてゆく。
シーズンオフの上に平日だからか、まったく人気はない。俺たちの完全なプライベートビーチと化している。
海の家らしき建物も閉まっていて、想像以上に閑散とした風景だった。
なによりも春先の海は寒い。これまた予想以上の寒さで、とても長居をしたい場所ではなかった。
(……というか、男二人で春の海とか普通に寒いし)
俺たち何しに来たんだっけ? と首を捻った。
誘われるままについ了承してしまったが、よくよく考えればこれまで計画を立てていた時期は夏だった。海で泳ぐという目的あっての約束だろう。
ぶっちゃけ海水浴のできない春の海に用はない。男二人で三月の浜辺はキツい。間がもたん。
海風に身を縮ませながら俺は少々途方に暮れた。
「丹羽(にわ)、貝探ししようぜ?」
そんな俺に気づいているのかいないのか、深谷はさらりとそんな提案をしてきた。
「はあ? おまえなに言ってんの?」
小学生女子か。
今春、晴れて大学生にもなろうという男子二人が揃って貝探しって、……普通にキモい。
やっぱり今日の深谷はおかしい。
絶対におかしい。
深谷は基本的に常識人で、空気も読めて、みんなからは頼りにされるしっかり者のはずだった。
今日の深谷は俺の知らない深谷だ。
ちくりと胸の奥が痛みを発したが、それを溜息で覆い隠して、俺は仕方なく貝探しに付き合うことにした。
――どうせ今日だけのことなのだ。
深谷は四月になれば地元を離れて県外の大学に進学する。
今度こそ本当に、――遠くへ行ってしまうのだから。
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