貝殻から聞こえる

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 深谷から巻貝を探せと指令を受け、なんで俺がそんなものをとぶつくさ零しながらも広い砂浜に視線をさまよわせて深谷君御所望の巻貝を注意深く探す。  アサリの貝殻みたいな二枚貝はわりとよく転がっているが、巻貝となるとなかなか見つからない。 「なぁ深谷知ってるか? 貝って軟体動物なんだって。イカやタコと一緒だとかいわれてもイメージ違うよなぁ。俺、それ聞いた時かなりびっくりした。トリビアとか思った」 「へーへーへーってか? 古いな。まぁ厳密にいうなら軟体動物の総称が貝類なんだけどな」  ずいぶん前に流行ったTV番組ネタにも即座に反応する深谷に、心が躍る。  ぽんぽんと打てば響くような会話を深谷とするのは久しぶりだったが、やっぱり他の誰と話しているよりも愉(たの)しい。 「ちぇっなんだ知ってたか。つまんねーの」 「一応つい最近まで受験生だったしな」 「お! 巻貝はっけーん! ほらよ深谷」  砂に半分ほど埋まっていた薄茶色模様の巻貝を見つけたので、砂を払って握り拳ほどのそれを深谷にぽんと放る。  取り落とすことなく上手にキャッチした彼はさすが野球部花形のショートといったところか。深谷は野球部で、俺は水泳部だった。 「丹羽、ありがとう」  やけに真面目くさった顔で礼を言うので、照れ隠しに海を見た。船影ひとつない水平線。海は穏やかに凪いでいた。 「やっぱ、こういうとこは夏に来たいよなぁ。したら泳げるのにさ」 「……俺たちが最初に海に行こうとした切っ掛けって覚えているか?」  どこか声の調子が変わった気がして、俺は海から深谷に視線を戻す。  深谷は掌の中に巻貝を包み込むようにのせてそれを眺めていた。……懐かしそうに。あるいは大切ななにかを愛しむように。 「俺、家族で海って行ったことなくってさ。毎年、夏は山でキャンプだったから。ちなみに冬はスキー」 「おまえの家族どんだけ山好きだよ…」 「小学生のときに、夏休みの思い出の品を持ってこいって言われたことあっただろ?」 「…あー、そういえばそんなこともあったかな?」
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