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俺は確かせっせと夏休みに集めていた蝉の抜け殻をビニール袋一杯に持っていって若い女の担任に悲鳴をあげさせた覚えがある。
いや、悪気があったわけじゃない。本当だ。……まぁ多少どんな反応をするか興味があったことは否定しないが。
蛇の抜け殻をもってきた里中よりはマシだったはずだ、たぶん。
「クラスの子で、大きな巻貝を持ってきた子がいたの覚えてるか?」
「うーーん、…記憶にないなぁ」
蛇の抜け殻は記憶鮮明だが……。
実はちょっと羨ましくて、夏休み明けに自分も欲しくて探したりしたのだけれど結局見つけられなかったという残念な思い出としてそれはしっかり覚えている。
ちなみに蛇の抜け殻探しには深谷も協力してくれた。やっぱ男のロマンだよな、蛇の抜け殻。
――しかし、抜け殻探しのことはきちんと記憶にあっても、貝に関しては真っ白だ。なにも思い出せない。
「そのときさ、貝を耳に当てると海の音が聞こえるって話になって、みんなで順番に耳に当てていったんだ。……でも、俺には聞こえなかった。クラスのほとんどが聞こえたという中で俺だけ、聞こえないって言ってしまった。教室に、しらけた嫌な空気が流れたのをよく覚えてる。聞こえるって言えばよかったんだってわかっていても、……なんか悔しくて言えなかった。海の音なんて実際に知らなかったし、――貝の中からはなんの音もしなかった。結局、意地になって折れない俺に、貝殻の持ち主の子が泣きだしちゃってさ。気まずさに教室を飛び出したんだ」
当時を思い出して静かに語る深谷は、やはり俺の知っている深谷ではないようで、……でもすごく惹きつけられた。
「そしたらおまえが追ってきて、じゃあ、海に行って確かめてみようって言ったんだ」
黙って聞いていた俺だったが、まさかの自分の登場に目を瞬かせる。
「――え? それ本当に俺? 意味わかんなくね?」
「ああ、俺も意味がわからなかったから、聞き返した。何いってんの? って」
「それはそれで微妙に失礼だなおまえ」
「いや、本当に言ってることの意味がわからなくてさ」
「で? 俺はなんて?」
残念ながらさっぱり記憶になかった。それ、本当に俺だったのかな?
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