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「海に落ちている貝殻なら新鮮だから聞こえるかもって、自分もよく聞こえなかったから一緒に確かめに行こうって」
「……バカだな。いや、たぶんそれ俺じゃねぇよ。他の誰かだ。俺はそんなにバカじゃない」
新鮮ってなんだ。魚かなんかと勘違いしてんじゃねえのか? 中身の入っていない貝殻に新鮮もなにもないだろうが。それとも中身の入っている貝殻で試せってことなのか? うーん、わからん。
「いや、絶対におまえだった。おまえ以外の誰がそんなこというんだよ」
「里中かもしれん」
「なんでそこで里中でてくんの。おまえだよ。……何年間付き合ってると思ってる。おまえの行動原理くらいすでに把握済みだ」
「俺にはおまえの行動原理なんかさっぱりわかんねーけどな」
少し嫌みっぽかったかもしれない。
ただ、なんでもわかっている風に言われてイラっとしたのだ。
――わかっているのなら。
わかっているのなら、なんで……。
なじる気持ちがどうしようもなく心に生じた。
「今日の行動だってさっぱりわかんねーし」
不貞腐れた気分で唇を尖らせた俺に、やはり深谷は唐突に言った。
「丹羽、俺、おまえが好きなんだ。恋愛的な意味で」
淡々とした告白だった。
さらりとした。なにかのついでのような。ぽんと無造作に放り投げるような。
熱のない。
情のない。
――期待も、未来も、希望も。
すべてがそこには含まれていなかった。
「突然こんなこと言われても困るだろうけど、言うだけは言っておきたくてさ。――ずっとおまえを避け続けてたのはこういう理由があったからだ。悪かった」
ぐわっと腹に湧きあがった熱は、たぶん怒りだった。
やっぱり避けてやがったのかこの野郎。
しかもそんな独りよがりで身勝手な理由で!
「……なんだよそれ! なんなんだよ! ふざけんな!」
いきなり声を荒げた俺に驚いたのか、こちらを見る深谷の目が大きく見張られる。
明るい鳶色の瞳をずっと綺麗な色だと思っていた。
温かくて彼らしい色がお気に入りだった。
その瞳が今は温かさの欠片もなく、寂しそうに揺らめいているのがたまらなく嫌だった。
そうさせている自分も、勝手に自己完結している深谷自身にも腹が立って仕方がなかった。
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