幻の餃子

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 悪友は驚いたが、僕は平然としていた。  死に際の入居者が、その程度の金額を職員に渡す事は珍しくない。遠慮無く受け取る様にというのが、この施設の方針だ。  家族も、その事については承知している。自分達の相続するであろう取り分からすれば、微々たる物に過ぎない。そういった心付けで待遇がより良くなるなら、安い物である。 「御老は、喜んでいらっしゃいます。どうか御収め下さい」  職員として受け取る様に促すと、悪友はそそくさとポケットに小切手をしまい込んだ。  後で別室の担当者に聞いたら、同じ物を出した他の入居者も、やはり旨い、旨いと言って食べていたそうだ。  単に”思い出の味”だからという訳でなく、本当に美味な物らしい。  だが、訳ありの食材という事を知っている僕は、どうにも食べて見る気になれなかった。 *  *  *  翌日。  悪友は浜松を離れると言い出した。既に、契約していたウイークリーマンションも解約したという。 「もらう物もらったし、ここは地元だと言っても身内もおらん。別んとこでやり直すわ」 「そっか…… でも、あそこ、結構給料がいいんだけどな」 「あれと同じもんを造れと言われても困るんだわ。察してくれや」     
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