幻の餃子

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 我が儘と言っても、今回は大した事ではない。終戦直後に食べた、思い出の味を死ぬ前にもう一度味わいたいというのだ。  思い出の味とは、闇市で売られていた餃子である。  ここ浜松は餃子が名物であり、まずは地元の店の物を全て試してもらったが、どれもが違うという。  宇都宮等、餃子で有名な他の地域にも足を運んで取り寄せてみたが、やはり老人にはお気に召さない様だ。  中国の餃子は日本のそれとは異なるそうで、まずは写真を見せてみると「こういう物ではない」と返事が返って来た。  何とか手がかりがない物か。  老人は戦地から引き揚げて来た折、上陸した舞鶴港の闇市でそれを食べたという。  そこで、現地で老人と同年代の人達に覚えがないか当たってみる事にした。 *  *  *  早速、出張の申請をして現地へと向かう事にした。  都合のいい事に舞鶴市にも、うちの福祉企業の傘下にある老人ホームがあるので、そこの入居者を当たってみる事にした。  僕の勤務しているここと違い、比較的廉価(それでも入居に一千万は必要だが)な処で、定年で帰郷してきた人を含めて地元民が多い。聞き込みには都合が良かった。  幸い、入居者の中に当時の闇市の状況を覚えていた人を首尾良く見つける事が出来た。闇市でも餃子の店はただ一つだったそうだ。     
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