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「どうしましたか?」
藤崎さんの声に、我に帰った。
「あ、あのっ。藤崎さんっ。」
藤崎さんの顔を見て言った。
「ほら、あの木ですよ。あの、コスモスの右隣の木。」
彩は指をさしたまま続ける。
女性は消えていた。
「あれって、桃の木ですよね?」
「よくわかりましたね。あの木は、去年も今年も花が咲かなかったんです。もちろん、実もできなかったんですけどね。枝の剪定もちゃんとやってるんですけどね。旦那様は、もう切ってしまおうかと話してるんですよ。」
「え?切る?ダメですよ。この家の守り神なのに。切るなんて、とんでもない。」
彩は言葉に力を込めた。
「わかりました。旦那様にお伝えします。さあ、皆さん、お待ちですよ。」
二人は、また歩きだした。
(あれは桃の木の精霊だ。この家を守っているように思える。なんだか、わたしに伝えたいことがあるみたいだった。木を切らないで欲しい、ってことかな?まあ、それもあるかもしれないけど、他にももっと、大事なことがあるような…。)
それがなんなのかわからない。
木や草花、それから野菜や石には、精霊がいる。
例えば、ネイティブアメリカンのある民族は、草や野菜、果実自身に、収穫しても良いですか?と許しを得てから収穫する。もし許可されなければ、また次の日に同じことをする。その繰り返しだ。
仲良くなれば、精霊はいろんなことを教えてくれる。
森で道に迷ったら帰り道を
明日の天気
人と仲良くなる方法
人生の道標
などなど、実に様々だ
そして、自然に無作法なことをすれば、彼らは冷たい。困った時に助けてくれないのだ。
「人と同じようにね、優しく接すればいいのよ。ギブアンドテイクが大事なの。自然に何かしてもらったら、お返しをするのがマナーよ。」
祖母はよくそう言っていた。
精霊が出てくるのだ。よほど重大なのだろう。
(後で、詳しく話を聞こう。)
彩は、心で精霊に話しかけた。
藤崎さんは玄関の引戸を開け、靴を脱ぎながらスリッパを用意してくれた。
「ささ、どうぞ、お上がりください。」
藤崎さんは、正座して彩を出迎えた。
「ご丁寧に…、ありがとうございます。」
勧められるまま、彩は靴を脱いでスリッパを履いた。
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