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「ご案内いたします。」
藤崎さんは、立ち上がるや廊下を歩きだした。
彩はその後をついていく。
廊下の突き当りの部屋につくと、膝をついて障子戸に手をかけて言った。
「失礼いたします。お客様をお連れしました。」
開けられた戸の向こうには、見知った顔があった。
「この天井の絵、すごいですね。」
向かいに座っているのは、入社した会社の会長だ。
新入社員というだけでなく、宮本さんは他人とのコミュニケーションが苦手だ。一人でいるのが好きなのだ。
だが、会長を前にして沈黙しているのはどうかと思い、先に口を開いた。
TOEFL800点以上、海外で営業も人付き合いもこなしている人間が、コミュニケーションが苦手、と飲み会で言えば、皆は驚くか笑い飛ばすだろう。
昔からそうなのだ。
苦手なのは、人間が怖いからだ。
自分の真実を知ったら、皆は離れていく。それから、自分に怯え、さらに排除するかもしれない。昨日まで仲良くしていても、翌日には嫌悪し、距離を置かれるだろう。
(僕が何もしなくても。)
それが嫌なのだ。そうなるのが嫌で、人と距離を置き、壁を作っている。
あの日、あの春のよく晴れた日以来、人間が怖いのだ。父親など、限られた人間以外は。
宮本さんは、客間の天井の板を見上げた。
一枚一枚に草花の絵が描かれている。
「儂の爺さんがな、当時の絵師に描かせたんだ。」
「見ていて飽きないですね。」
「失礼いたします。お客様をお連れしました。」
藤崎さんの声が止むと、戸が開いた。
宮本さんは、ぎょっとした。
(木下さん!?)
午前中に、会社で言葉を交わした同僚がそこにいた。
宮本さんは気持ちを落ち着けるために、出された茶をすすった。
茶碗を持つ手が震える。
木下さんも動揺しているようだ。
顔が青い。
見知った顔を認めると、鞄を床に置くなり、お手洗いを求めた。
「この廊下をまっすぐ行って、右に曲がった突き当りだよ。」
会長に教えてもらうと、そそくさと客間を出た。
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