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ベルが鳴り、ドアが開いた。
「おばあちゃん。」
そう言われた訪問者は静かな声でお早う、と言った。イギリス出身で、深い緑の目をしている。白く長い髪を腰のあたりで、いつもゆるい三つ編みにしている。
むかし、彩がショートヘアにしないのか、と尋ねたら、長い髪は直感を鋭くしてくれる。危険予知や、精霊との会話に役立つ、と答えた。
「来るの予定より早いね。」
彩は壁に掛けられた時計の針を見て、驚いた。
「いろいろとやることがあるから、早めに来たのよ。道具は、ドアの近くにあるこのバッグ一つ?杖は?」
「あぁ、杖ね。えっと、これよ。」
彩はベッドの下から、白い布の包を渡した。
「これで道具はOKね。」
「おばあちゃん、やっぱり、私も行かなきゃダメ?」
彩は恐る恐るきいた。
「絶対に来なさい。今日は、新米の人と私だけで、人手が足りないんだから。」
祖母は語気を強めた。
「私も新米なんだけど…。吉田のおじさんは?直美さんはダメなの?」
「吉田さんは、葬儀してるし、直美さんはギリシャに修行に行ってるのよ。あなたは新米とはいっても、今まで修行を積んだ分があるから大丈夫よ。」
「なんとなく不安なんだけど…。でも、その人も新米って、今まで私と同じで修行積んでたの?」
「まったくないわ。今回が初めて。」
「え、全くって、修行を積んだことも、一回も練習したことも、こういう、目に見えない世界のことに触れたことが全くないってこと?」
祖母はうんうん、とうなずいた。
「ちょっと、それって、危ないよ。何が起こるのかわからないのに。なんでそうなったの?」
「その人の家族から、どうしてもと頼まれたのよ。だから、あなたが来ないと、大変なのよ。」
「で、でも、今は決算期で忙しくて休みにくくて。それに、最近、同じ夢ばかり見て、あまり眠れてないの。」
「この前、話していた夢のこと?まだ見てたの。でも、まあ、そんなに気にすることもないわよ。」
「そうかなぁ」
「そうよ。あら、やだ、もう行かなきゃ。」
祖母は彩の荷物を両手に持つと、慌ただしくドアを開けた。
「とにかく、約束どおり来なさい。人手が足りないんだから。」
「うん、分かった。また後で」
祖母を見送り、彩はベッドに座った。
気持ちを入れ替えて頑張るか。
彩は覚悟を決めた。
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