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は彩と同期入社で同じ経理の仕事をしている。
彩は電卓に触れるのを止め、山瀬さんの顔を見た。
「山瀬さん、どうしたの?」
(人が電卓叩いてる時に…)
彩は一人呟いた。
山瀬さんは、他人の仕事の邪魔をすることで有名なのだ。
縮毛をかけたばかりのおかっぱ頭の山瀬さんは、腕を伸ばして伝票を彩に見せた。
「ここの数字なんだけど、これって5かな?6かな?どっちだと思う?」
彩は書かれた数字に目を凝らした。
「うーん、どっちなんだろうね?難しいな。書いた人に聞くといいよ。」
「え?ワタシ、まだ来たばかりで、緊張するから聞けないよぅ。」
山瀬さんは怯えたような表情と声で訴えた。
(そうだった、同期とは言っても、この人はうつ病で他の部署から異動してきたばかりで、無理は禁物だった。)
山瀬さんは営業部に所属だったが、激務のせいなのか、うつ病になり一月前に経理に異動したばかりだった。人と話すのが億劫になった、と周りの人間には話している。
(しょうがないな、私が行くか。)
「えっと、これは誰が書いたのかな?ハンコからすると、あ、海外事業部の人ね。」
彩は席をたち、一階の海外事業部に向かった。
一階フロアのドアを開けると、同期入社の宮本武士さんがパソコンをいじっていた。宮本さんはメガネをかけているが、その美青年ぶりから王子と呼ぶ人もいる。
入社式の頃から特に女性社員の間で人気があり、告白した女性社員の数は両手の指を超えるか超えないかまでになるが、なぜか告白を全て断っている。学生時代にも付き合った人数はゼロ。何か、人に言えない問題を抱えているのでは?と陰で言われ始めている。
「あれ?宮本さんって、確か半年はベトナムに行ってるんじゃありませんでしたっけ?」
驚いた表情で彩は聞いた。
「その予定だったんですけど、身内に不幸があって、急遽、帰ってきたんです。えーっと、名前…たしか、同期の…。」
「木下 彩です。あ、あの、田中さんって、今、少し席を外してるんですか?」
「そうですね。どこ行ったのかわからないんですけど。」
「あの?、これは田中さんが書いた数字なんですけど、ここの数字、5か6かって、分かりますか?」
彩は伝票を宮本さんに見せて、判断を委ねた。
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