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宮本さんは目を凝らした。しばらく悩み、そして答えた。
「すみません、ちょっと、わかりません。」
「あぁ、そうですよね。わかんないですよね、コレ。」
彩は宮本さんから伝票を受け取った。
ドアが開き、30代の派遣社員の田中さんが入ってきた。
「あの、田中さん。これ、田中さんが書いた伝票なんですけど、ここの数字なんですが、5ですか?6ですか?」
田中さんは、え、と言って、伝票を見つめた。
「あ、すみません、これ、5です。あの、書き直したほうが良いですか?」
「いえ、手間なので、横線を二本引いて、訂正印を押して、5と横に書いてもらえますか?」
田中さんは、言われたとおりに直し、彩に伝票を返した。
「あの、パソコンの設定が終わったので、僕はかえりますね。」
宮本さんは鞄に荷物を詰めると、足早に退社した。
「あの、宮本さんって、誰に告白されても振ってるんですよね?何かあるんですか?」
田中さんは、声を潜めて言った。
彩は驚き、椅子に座る田中さんの隣にしゃがんだ。
「あの、私は宮本さんのことは、ほとんど知らなくて…。」
「だって、みんな言ってますよ。誰とも付き合わないのはおかしい。ゲイなんじゃないかって。それか、何かの心の病か。」
「えっとですね、私は宮本さんと同期ですが、二週間の新人研修の後に各部署に配属されたんですよ。それで、彼はすぐにベトナムに行って、もう入社から半年は経ちますが彼のことはほとんど知らないので、ゲイとか言われても…。なんと言っていいのか…。」
「そうですよね。突然、すみません。」
変なこと聞いてすみません、と田中さんは彩に謝った。
二階に戻ると、山瀬さんか落ち込んでいた。
見ると、後頭部から肩にかけて、暗いもやのようなものがかかっている。
(あー、これか。)
彩は左手で、虫を払うようにモヤを払った。
隣の席から、怪訝な視線を送られる。
「あの、虫がいたので。もう秋なのに、蚊がいるんですね。」
ははは、と乾いた笑い声を出した。
「あの、すみませんが、私は今日はこれで早退しますので。」
鞄に道具を入れると、そそくさとロッカーに向かった。
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