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出会いは桜吹雪とともに
「僕は、さくらが好きです」
今日の晩御飯はなんだろうと考えながらぼんやりと雲の行く末を追っていた私の耳に入ってきたのは、そんな言葉だった。
思わず肩をびくりと震わせ、雲の向こうへと行きかけていた意識を現実へと戻した。
外では満開になった桜が早くも自らの花びらを風に乗せ、校庭へと花びらの川をつくっているところだった。
黒板の方に顔を向けて声の主を見ると、彼は教壇に立ち、少しだけ頬を赤らめて、言葉を紡ぐために再び口を開くところだった。
「桜は満開の時だけ見る人が多いと思いますが、桜の美しさはそんな一瞬で終わってしまうものではありません。花びらが散る儚さも、青々と生い茂り、輝きに満ちた力を感じさせる葉桜も、大人のような落ち着きを身に纏い、紅葉した葉も、雪化粧に包まれた冬の桜も、僕はすべてが大好きです。だから、僕はずっと桜を写真に収め、どんな姿も逃さないようにしていたい」
ちょっと語り過ぎちゃったかな、と彼は頭を掻きながら笑って、少しだけ急ぎ足で自分の席へと戻っていった。
「さーくーら。愛の告白だとでも勘違いしたの?」
彼の様子を目で追っていると、隣の席に座っている由美がにやにやと笑いながらこそっと私に呼びかけてきた。
「ばーか。名前呼ばれたかと思っただけだよ」
「ふーん、あっそ。ちなみに今の男の子、空くんっていうんだよ。写真部に入るんだってさ」
「へえ」
私は由美の話を軽く聞き流して、頬杖をついてまた雲の流れをぼんやりと眺めた。
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