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それに先んじて、男は、それは未必の故意にあたると、そう、自己の行為によって人が死んでも構わないと認容するのはと説明してくれました。ただ、こう説かれるとやはりあのときキャンバスやスプレー缶を火にくめたのは、当時女性に性転換していたこの男が死んでも構わないという具合に死を認容していたとも考えられました。もし、私の行いが殺人だと云わんばかりに未必の故意に言及したのなら、もちろん、その現場にあった冷凍庫に複数の死体があったことを糾すという選択もありました。そうなのです。この男の手にかかった者達です。でもそうすることは躊躇しました。一つには私を詰るものではなかったからです。むしろ沈着に当時の事柄を解析しようとする向きが窺われました。それに、もしかしたらそれが刺激となり何をしでかすかという気もあったからです。いや、正直、死を認容しつつもそれが赦される、そんな想いが無かったとは言い切れません。
畢竟、それに続く言葉が述べれないままでした。というかこの男が私の頸部をロープで締めようとしていたとき、実は破壊されることを男が望んでいたのではと考えたのを告げるか迷っていたのです。何分、そう望んでいたとは断定しかねてもいましたから。単に感性の作用だったかもしれません。楽劇の様に、そう、洪水にのまれ、全てが破壊し尽くされるのが相応しくあると。
「死をもって応報すべきだなんて考えた訳じゃありません。ただ、『神々の黄昏』が連想されたました。」
この訳の分からない方便と共に、ふと思い出した『カラマーゾフの兄弟』の一節が、どういう所以で連想したかが分かったのです。というか、私は、傲慢にも審判者になろうとしていたのだと気付く次第だったのです。
「ワグネリアン?」
「けしてそうじゃないと自分では思ってはいますが。ただ…。」
「ただ?」
「自身の世界がいつか破壊されると考えていらしたのではと。」
「そうですか」
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