すべてはあの時から

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「いいえ、涅槃です。まさにその刹那を描いているのです。」  当初、単なる修辞だと受け止めました。言い得て妙だとも。店主の言葉のとおり、彼女の描く人物像が殆どが眠れる姿であり、その境地にある趣きだったのです。でも、そのときは何気に聞き流しましたが、この刹那という言葉に、その涅槃なる言葉と矛盾があったのでした。 「如何でした?どれかお気に召すものありまして?」 丁度、一通り壁に掛けられた絵を見終えたところでした。高い物で五万円。多くは二万円までというお手頃な価格が付いていました。 「こちらは男性を画いたものですか?」 値札には15,000円とありました。また、私の持ち合わせもその程度でした。 「左様でございます。」 ただ、気になったのは平面的な絵画であったことです。構図といい色彩といい。いうなれば幾何学的な形状で背景の山並や月が描き、男性は草の上にうつ伏せになったまま顔を90度に向けていました。そのシンプルさ故に想像をかきたてもしました。いや、それがコンセプトなのでしょうか?それを彼女に尋ねました。 「この絵から物語を創って下されば嬉しゅうございます。」     
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