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「――てことが日本であって、私はここに来たわけ」
「そーなんだ。ミナ様も大変だったんだなぁ」
うんうんと相槌をうちながら聞いてくれていた少女は、インドに来てすぐに出会った。
「でも、いいなぁ」
少女は羨ましそうに頬杖をつき口を尖らせる。
「アタシの仇テロリストだよぉ? 復讐とか絶対できないし」
幼い頃に発生したムンバイ同時多発テロに巻き込まれ、少女は家族を失った。だからミナ達に出会うまで、仲間とスラムで過ごしていた。
「どの組織かもわかんないしさぁ」
宗教派閥や貧富の差が激しいインドにはテロ組織が多く、一般に認知されている組織だけで10を超える。実際件の同時多発テロ事件でも、把握しているだけで6つもの組織が結託したのだ。
「もしわかったら私達が仇討っていい?」
「えーいいよ、悪いもん」
「悪くないよぉ。シャンティの仇はあたしの仇!」
「ヤダ、ミナ様超嬉しい事言ってくれる」
笑うシャンティは可愛いと思う。シャンティの笑顔が好きだ。彼女が喜んでいる顔を見たくて、つい調子のいいことを言ったり、冗談を言ったりしてしまう。
艶やかな黒髪のポニーテール、伽羅色の肌、鼻筋の通った高い鼻、美しい輪郭を描いた唇、二重のぱっちりした黒く大きな瞳。
インド人(主に男性)はやたら彫りの深い人が多いが、女は美人がかなり多い。シャンティは彫刻のように綺麗で、実際二人で街を歩くと、シャンティを見た男が振り返る、振り返る。
昔はそんな事は全くなかったと言った。スラムで野良犬の様に暮らしていたから。
今はミナ達と共に暮らし、屋敷の使用人として安定した生活を手に入れた。給与も支払っているし、休みもある。好きなことにお金を使って、好きなところへ行ける。
そんな当たり前の事が、彼女たちには出来なかった。
世界一広大で、世界一の人口を擁し、世界一困窮を極めると言われるインドのスラム。
ドブ川で生まれ育った者は、一生涯自力ではドブ川から出る事は出来ない。それが聖賢国と呼ばれるインドの、知られざる現実だ。
だから、彼女が今笑顔でいてくれることが、これほど嬉しい。
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