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初めてシャンティ達と出会った時の事を思い出した。
インドにやってきてしばらく経った頃、急にヴィンセントが「今日は暇だから、スラムを散歩する」と言い出した。
正直な話、心底気乗りしなかった。ムンバイのスラムは一般的なスラムの定義とは比較にならない程広大で、困窮を極めている。
そこを身なりのいい金持ちが散歩するというのだ。蜜に群がる蜂のように、物乞いが押し寄せてくることは請け合いだ。当然文句を垂れる。
「黙れ。行くぞ」
「じゃぁ、私はお留守番してるわね」
にこやかに手を振るメリッサに力なく手を振って、引きずられるようにヴィンセントに着いて行った。
スラムに入ると、予想していた通りに物乞いが殺到する。
物乞いは圧倒的に子どもの数が多い。子どもの方が成功率が高いという親の目論見からだろう。
「ごめんね、何も持ってないの」
断りを入れながら見渡すと、あることに気付いた。物乞いの子どもたちに、障害がある子どもが多い。
怪我をして包帯を巻いている子、目の見えない子、手足のない子。確かにこういう国だと、障害があると言うだけで社会から疎外される事はあるだろう。
(それにしても、多すぎる。これは一体どういう事だろう?)
不思議に思ってヴィンセントに尋ねてみた。
「あぁ、聞いたことがある。物乞いの成功率を高めるために、憐れみを受けるために、親が子どもを傷つけるのだ」
衝撃的だった。
インドは急激な近代化の為に、貧富の差が激しい国だとは知っていた。
でも、これほどの現状が存在するなんて全く思っていなかった。生きるために、我が子を傷つけなければならない。そこまでしないと生きられない程の、生き地獄。
このスラムにはこの世の苦しみが凝縮されていた。
「ヴィンセントさん、どうしてスラムに来たいなんて言ったんですか……?」
「別に。帰るぞ」
「えぇぇぇ!? 本当に何しに来たんですか!?」
無視だ。仕方がないので、さっさと踵を返して来た道を戻るヴィンセントの後を、何とか物乞いをかわしながら追いかけた。
屋敷に帰ると「あら、もう帰ってきたの?」と言いながらメリッサが迎えてくれた。
「お散歩楽しかった?」
「いえ、全然楽しくなかったです……私がお留守番したかった……」
「ふふ、何事もお勉強よ」
確かに、勉強にはなった。
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