0人が本棚に入れています
本棚に追加
「行って参ります」
俺は自転車を出した。生ぬるい夜風が頬を撫でる。敷地内には人影はなく、駐車場にも車は停まっていない。異常のあった工場を目指して、潮風の吹いてくる方へハンドルを向けた。
すぐに建物が見えてくる。体育館ぐらいの大きさで、壁の色も剥がれたりしているから、最初に見た時はおじけづいたものだが、毎晩来ていればすぐに慣れるものだ。工場の裏口に自転車を停めて、マスターキーで鍵を開け、錆びついて重い扉を動かした。
構内は埃と油の匂いが染みついている。懐中電灯で足元を照らしながら、ベルトコンベアーの傍を通り抜けていくと、動力源のような機械があり、しきりと蒸気を噴き出している。それが吹きつけている壁面に、丸い円盤型のセンサーが見えた。
やはりこれが「ガス漏れ異常」の正体だろう。他に問題もないようなので、俺は警備室に帰ることにした。
木村さんの話によれば、結局は設備の老朽化が原因だと言う。あのサウナみたいな機械も、新品のときは少女の溜息のような蒸気しか漏らしていなかったのが、しだいに年数を重ねるにつれて、やがて中年女性のように荒々しいものになった。そうしてさすがのセンサーも見逃せなくなったのだそうだ。
それなら機械を新調するか、センサーの位置を替えればよい。前者は費用がかかりすぎるにしても、後者ならばそうでもあるまいと、木村さんが工場の担当者にかけあってくれたのだけれども、相手はすぐにこう切り返してきた。
『毎回確認すれば済むじゃないですか。それがあなた方の仕事でしょう』
最初のコメントを投稿しよう!