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取り付く島もない。木村さんの鼻から大量の蒸気が吹き出す光景が目に浮かぶようだ。
警備員の扱いなんてそんなものである。さすがにここの担当者ほどではないとはいえ、どの派遣隊も似たり寄ったりだと聞く。だから警備員連中の間にも、諦めのような気分が蔓延していて、むしろ木村さんのように声を挙げる人は煙たがられるほどだ。
俺も諦めているほうの人間だ。もともとこの会社に入ったのだって、警備の仕事がやりたいからというわけじゃなかった。自分は小説家になりたいという夢があり、警備員ならば仕事をしながら書けるのではないかといういい加減な考えがあったのだ。
確かに書こうと思えば書けた。しかしなかなか小説家にはなれない。大小交えて十以上の文学賞に出したが、箸にも棒にもかからない。そうしているうちに瞬く間に、けして若くはない年齢になってしまった。世間的に言えば、転職をする限界の年らしいのだが、そもそもなりたい職業に就いていないのだ。
俺は心が折れかけていた。
そんなときに、彼女と出会ったのである。
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