2 万病に効く薬を作る中年

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 その夜は他にも事件が起こった。「ガス漏れ異常」と同じくいつものことだったし、詳しく思い出すのもおぞましい内容なのだけれども、これもまた彼女に無関係ではないと思うので、ぼんやりとでも概要をおさえておきたい。  「不審者の侵入」があったのだ。やはり設備の老朽化が原因で、警備室自体何十年も前に建てられたものだから、所々に隙間が空いているのだろう。夏の夜ともなれば至る所から、昆虫が無許可で部屋に入ってくるのだった。むろんアポイントメントもない。  虫はあまり好きではない。蝶やカブトムシは触るのも嫌だし、とりわけ真っ黒で素早い虫や、足が百本あると言われる虫なんかは、姿を見るどころか名前を聞くのすら勘弁してほしいぐらいだ。 「おう、お疲れさん。ムカデがおったで」  俺が警備室に戻ると、木村さんが得意げに火箸を掲げている。その先に挟まれているものは正視できなかった。だから描写することも不可能だが、以前に一度だけ現場を目撃してしまった。彼らは頭を掴まれると、とんでもない勢いで身をくねらせて、まるで木に絡まるツタのように、ステンレスの火箸に足を巻きつけるのである。  そのまま這い上ってくるのかと思ったほどだ。俺だったら思わず火箸を投げ出しているところだが、木村さんは全く動じる様子もない。お孫さんを見るみたいに「元気やのう」と眼を細めながら、使用済みのインスタントコーヒーの容器を取りに行く。その中はあらかじめサラダオイルで満たしてあり、片手で器用に蓋を開けると、火箸ごと容器の中に突っ込んだのである。
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