第2話 活動写真

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第2話 活動写真

ある日、美和子は征太郎から、聞きなれない言葉を聞いた。 「活動写真?」 「なんでも写真が動くそうだよ。」 征太郎は、美和子の部屋の前にある、縁側に座る。 「へえ…」 美和子は注いだお茶を、兄の隣に置いた。 家の敷地内で、剣道を教えている征太郎は、休憩になると、決まって美和子のところへと、足を運んだ。 美和子もその頃までには、習い事の琴の練習を終え、お茶を淹れる準備をしていた。 「明日は学校が休みだろ?一緒に行ってみよう。」 「明日…」 今日誘われて、明日行こうと言う兄の誘いに、美和子は考え込む。 そこへ、母の瞳子(トウコ)が現れた。 「あらあら、相変わらず仲がいいのねえ。」 そう言って瞳子は、美和子の隣に座った。 「何を話してたの?」 「活動写真のことです。」 征太郎が答える。 「動く写真のことだそうです。明日、美和子は学校が休みなので、一緒に行かないかと誘っていたのです。」 母は美和子を見た。 「もちろん、美和子は行くわよねえ。」 そう言って、美和子の腕を突っつく。 「美和子は征太郎さんと出掛けるのなら、どこへだって付いていくもの。」 「お母さん!」 美和子は母にからかわれて、恥ずかしかった。 「じゃあ、決まりだな、美和子。」 「うん。」 美和子の返事を聞いて、征太郎はまた道場へと消えて行った。 「さあ、私は掃除の続きをしなくては。」 母は何しに来たのか。 兄が道場へ戻るのを見届けると、母も立ち上がって、部屋の奥へと消えて行った。 次の日。 美和子を誘って街に来た征太郎は、活動写真の会場を指差した。 珍しいもの見たさに 会場はこれでもかと言う程、人で溢れ返っていた。 「中身は、どんなものなの?」 美和子は、ワクワクしながら征太郎に聞いた。 「確か恋愛物だって、言ってたな。」 「恋愛?」 その言葉に、美和子の心も踊る。 自由恋愛が広く認知され、自分の好きな人と結婚することができる世の中だったが、実際それはほんの一部の人間で、まだまだ政略結婚の残る時代。 美和子の学校の同級生も、みんなと恋愛の話をするのは大好き。 だがほとんどの人が、本当の恋愛も知らず、卒業と同時に、親が決めた相手と結婚するのが、彼女たちの道だった。 だからこそ、好きな人との恋模様をつづった活動写真は、若い女性に人気があった。 「美和子、ここに座ろう。」 「うん。」 美和子と征太郎は、会場の右端の椅子に、二人並んで座った。 そして、美和子と征太郎が観た映画は、正に大恋愛のお話。 主人公の女の子は、美和子よりも少しだけ年上。 学校に行く途中で出会った青年と、恋に落ちる。 だが、親が決めた結婚相手と結婚を迫られ、泣き崩れる毎日。 それでも、青年との恋を貫き、最終的にはその青年と結ばれると言うお話。 映画が終わり、みんなため息をつきながら、上映会場から順番に出てくる。 征太郎と美和子も、順番に上映会場を、後にした。 「ぐすっ…ぐすっ…ひっく…」 活動写真を見終わっても、しばらく美和子は、ハンカチを目に当てながら歩く。 前を向いて歩いてないのだから、つまづいて転びそうものなのに、なぜか器用に歩いている。 「美和子、まだ涙が止まらないのか?」 「だって……終わったのに、まだ感動してるんですもの。」 征太郎にとっては、ありきたりな内容でも、まだ17歳の美和子にとっては、感動しっぱなしのお話だった。 「はははっ…それはよかった。美和子を連れてきて、正解だったな。」 征太郎は美和子の言葉に、満足そうだ。 「兄さんは、感動しないの?」 「えっ!?」 「主人公の二人は試練を乗り越えて、結ばれるのよ?感動しないほうがおかしいわ!」 あんなの、ウケを狙ったお話だとバレバレなのに、しかしこんなにも感動している妹の前で、そんな事は言えないし。 「ああ…あれはいい映画だよ。美和子が感動して、泣く気持ちも分からなくない。」 兄の言葉を聞いた美和子は、突然兄の腕を掴んだ。 「でしょう!!」 「あ、ああ…」 美和子は、真っ赤に腫れた目で、すっきりした顔をしている。 その顔が可愛くて、征太郎は思わず微笑んでしまうのだった。 「私もあんな恋愛、してみたいなあ…」 「えっ!!美和子が!」 征太郎は、息が止まりそうになるくらい、驚いた。 「何よ~。私だってもう、そんな年頃なのよ。」 美和子は、半分怒っている。 「そう言えば、そうだったな。」 これでも美和子は、もう17歳の乙女だ。 「もう!兄さんは~。」 すねる美和子は、ふとあることが気になった。 「ねえ、兄さん?」 「なんだい?」 「兄さんは私より、8歳も年上でしょう?そういうお相手はいるの?」 「そういう相手?」 「恋愛なさってる相手よ。」 征太郎は、頭をポリポリかいた。 「まあ…なあ……年も年だし…」 「どっちなの?いるの?いないの?」 美和子は、征太郎の腕を引っ張った。 「ん?うん…」 「はっきりしない、兄さんね。」 そこで美和子は思った。 否定しないっていうことは、いるっていう意味だと、友達は言っていたが、兄さんに限ってそれはない。 兄さんは私には、正直に言ってくれるもの。 はっきり言わないってことは、今はそういう人がいらっしゃらないんだわ。 「可哀想な兄さん…」 「はあ?」 美和子は頬に、手を当てながら首を振った。
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