1 くぬぎ

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1 くぬぎ

 くぬぎは、おれの恋人。とても大切な恋人。愛してやまぬ恋人。  が、くぬぎは動けない。いつもベッドで臥せっている。咳はせず、溜息も吐かず、大人しく。喚かず、不平不満を漏らさず、粛々と……。  くぬぎの表情はとても豊か。笑みの愛らしさは類例がない。労いの横顔は華やかさを放つ。見つめる愛らしい瞳はおれだけを映す。湖水のように透き通る水晶体に。おれが彼女を見るとき、逆におれの瞳の中に彼女一人が映るだろう。精一杯自分をアピールするくぬぎ自身が伸びやかに。  世に何十億の人間がいようと彼女と交換できる者など一人もいない。おれにとって何処までも、何時までも、片時も忘れることができない存在。  だから、おれたちは静かに抱き合う。     
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