処女作

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《二日目》 夏の終わりかけというのに、今年の残暑は驚くほどに暑い。 折角、彼女の観察をするという楽しみを手に入れたというのに僕にも仕事はある。 どんな異常者であっても、それを、隠して生きるためには仕事はする。ごく普通の仕事を。 家を出る前に彼女の姿を確認してから家を出て。外は、日差しが強く体の中から焼かれていくのが分かる。 外を歩きながら、僕は想像していた。 僕があんな異常な生活をしているなんて、すれ違う人達は誰も知らないのだと…うちに秘めた闇。誰も知らない、自分の隣にどんな異常者がいるかなんて。そんな些細な想像すら、僕を興奮させる。 僕の仕事は、いたって単純なものだ。郵便局に荷物を受け取りに来た人に荷物を渡すだけ。単純だからこそ、僕にはあっている。 受け取りに来る人は様々だった。 老人、親子、男、女。 受け取りに来る人を見ながら、その人達の背景を想像する。 女はどんな声で男を誘うのかとか、母親はどんな奴と浮気をしているのかとか。人の後ろを想像すると、背中のあたりがゾクゾクとしてくる。 僕にだって存在している『後ろ』。 それは、誰も目を向けないから存在出来ている。明るみに出てしまったら、それは存在できなくなってしまう。なんとも儚い存在だ。 だからこそ、そこに『美』が存在して人を惹きつけ魅了する。 いつも、そんな想像をしながら何も変わらない仕事をいつものようにこなしているだけだった…でも、今はもう違う。 僕もやっと手に入れることが出来た、僕だけの誰よりも美しい秘め事を。 表の僕はいつも通り仕事をこなしている。 仕事を終わった後は、いつもより早足で自分の家へと戻る。僕の彼女が待っている部屋に。 部屋についてまずすることは、カーテンを開けて彼女の姿を確認する事。 向かいの部屋には、変わらず綺麗な彼女が存在していた。 どうして彼女は、こんなにも美しいのだろう。儚くそして白い。すぐにでも壊れそうなのに、どこか強く見える。 明日は、一日中家の中で彼女を見続けられる。それは、とても幸せな事だった。
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