5. 「馬鹿」と「イイコ」

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「てか、今暇?」 突如、相川さんが仕事モードに切り替わった。 「私ですか?」 「前城さんと売り場、どっちも」 こっちに来る前の売り場を思い描いてみる。 確か、そんなにお客さんはいなかったような。 「割と暇だと思います」 「マジ? じゃあさ、売り場替え手伝ってほしいんだけど」 ってことは……また、売り場に戻るってことだよね。 咲さん、と笑いかけてくる、あのお客さんの存在が頭に散らついた。 「いい?」 「え。あ、はい! 手伝います」 瞬時にそれを振り払い、力強く頷く。 そんなこといちいち気にしてたらキリがないし、なにも出来なくなってしまう。 ……売り場に出たくない、なんて我儘、通用するはずがない。 相川さんの後に着いていき、指示をもらいながら商品を並び替える。 途中、あのお客さんは姿を現したけど、近くに相川さんがいると分かった途端に踵を返した。 それから営業終了まで、あのお客さんは姿を現さず、密かに相川さんに感謝した。
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