5. 「馬鹿」と「イイコ」

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「………なんで」 なんでここに? そればかりが頭の中を駆け巡る。 この様子、偶然だとは思えない。 多分待ち伏せしてたんだ。 いつもは店の前なのが、なんで今日は帰り道なの……? 「え、えへへ。 改めてご飯お誘いに来ちゃいました」 私が聞きたいのはそんなことじゃない。 見当違いなその言葉に、言いようのない恐怖が肌を粟立たせた。 「営業中だったからいけなかったんですよね? お店が終わった今なら、い、いいですよねっ?」 興奮しているのか、じりじりとにじり寄ってくるお客さん。 そのぶん後ずさっても、構うことなくどんどん距離を詰めてくる。 「ね? さ、咲さん。行きましょうっ?」 「……い、行かないです。すみません」 態度で分からないなら、もう口で示すしかない。 そこで、お客さんの足はやっと止まった。 しかし、私とお客さんの間には、僅かな距離しかない。
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