晴れ時々、鉢植え

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 父親が出て行く。階段を駆け下りる音。何かが割れる、音。  ああ、さっきの花瓶だ、とそれだけははっきり分かる。  ひゅー、と漏れる息。  痛いよ。  助けて。  助けたい、のに。 『パパ……』  少女がドアの方へ手を伸ばす。  夢の中のように。  その手が床に落ちる。ゆっくりと。  ひっ、と自分の喉の奥で悲鳴が上がる。  沈黙。  赤い何かが、床に広がる。  違う。こんな目に遭うためにここに来たんじゃない、救えたらとそう思って。  そう、思って。  足をつかんでいた手が急に消えて、ふらつく。床に座り込む。  床を見る。ただ、床を。  頭を両手で抱える。 『お兄ちゃん、誰?』  頭上から声をかけられる。  慌てて顔を上げると、少女が不思議そうな顔をしていた。 「え?」  さきほどよりも少し、背の低い、幼い少女。手には熊。 『あみー、おやつよー』  階下から若い女性の声がする。 『ハーイ、ママ!』  少女が答える。 『お兄ちゃんもおやつ食べる? あみの分、半分あげてもいいよ』  部屋の中央を見る。倒れていた少女はもう、いない。 『あみね、これから自転車にのる練習するのー』 「駄目だっ!」  叫ぶ。 「自転車は、駄目だ。乗ったら」 『なんでっ!』  少女が怒鳴る。 『ひろみちゃんもえみちゃんもたけしくんも自転車乗れるのに、あみだけ乗れないんだもん! そんなこと言うなんてお兄ちゃん意地悪っ』  言うと少女は部屋をかけて出ていく。  自転車は交通事故を引き起こしてそして、 『パパ?』  ベッドの方で声がする。振り返る。 『パパなの? ママはいつ帰ってくるの?』  少し大きくなった少女が、膝の上の熊を抱え尋ねる。 『ママはもう帰ってこないよ』  ドアの前で男性が言う。  右手には包丁。 「待てっ!」  男性に手を伸ばす。手は空をきるだけ。  また床から黒い手が伸びてくる。  繰り返される。 『痛い』  助けて。  どうして、助けてくれないの?  違う、違う。違う!!
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