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店は盛況だった。
近所の顔見知り数人に挨拶しながら、私は殻付きの牡蠣を一カゴ、ビール、牡蠣飯を買った。
裸電球の下で、影が揺れていた。
売り場にはゾウアザラシのような巨大な店主と少し小柄にしたような連れ合いがいた。三人の娘たちはオットセイのようなキビキビした動きで席を回っては不慣れな客の面倒を見ていた。
私はガスコンロに火をつけてもらい、牡蠣を網の上に置いた。
カゴの中には十数個の牡蠣が入っていた。重さで買うので数にはばらつきがあるらしい。会社帰りの集団や家族連れが何度も牡蠣を買いに立ち上がっていた。
焼きたて、熱々の牡蠣を食べてはビールを飲み、間に牡蠣飯を堪能した。
半分くらい食べた時、どこからか、声がした。
『暑い、暑い……』
苦しげな声だった。
私は店を見渡した。テーブルのほとんどが埋まっていた。見たところ、楽しげに話をしている者たちばかりで苦しそうな者は見当たらない。
クーラーは程よく効いている。送風口からの風が当たって裸電球が揺れ、ベニヤ板の壁で黒い影が踊っていた。
網の上の最後の一個にトングを伸ばした時、また声がした。
『これはたまらぬ。焼け死んでしまう……』
網の上から声がしていた。
私はぎょっとして、コンロを見た。隣の席で談笑している家族連れには聞こえていないようだった。
殻の隙間から息のような白い蒸気が出た。
『出してくれ…… 出してくれ…… 』
殻の一部が盛り上がって、ヒビが入った。ひび割れの隙間から、目のようなものが見えた。一瞬視線があったが、すぐに白く濁った。
「サービスです。お取り返しますね」
娘の一人が近づくと、素早く開かなかった牡蠣を交換した。
いぶかしむ間もなく、新しく置かれた牡蠣の殻が開いた。
私はおずおずと牡蠣をさらに移し、殻を開いた。
プリプリと良く太った牡蠣の白い身があった。
私は熱々の身を頬張り、残っていたビールを飲み干した。
一週間後、牡蠣小屋は店を閉め、普通の公園に戻った。
あれが何だったのか少しの間考えていたが、仕事が忙しくなると忘れてしまった。
思い出した今も、何だったのか分からずにいる。
- 了 -
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