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「姫子!」
ぐしゃ。
パパが私の名前を呼ぶ声と、何かのつぶれる音が一緒に聞こえて、私は生暖かい液体を頭からぶちまけられたのを感じた。
つんと鼻を突く錆の臭い。
口にあふれる血の味。
私は袖で顔を拭って、何とか目を開けた。
パパが自慢のゴルフクラブを両手に持って、何度も何度も振り下ろしている。
壁や窓にもぶつかったそれは、壁をえぐり、ガラスを破り、そして、ママだったものをぐちゃぐちゃにしていた。
「パパ!」
「姫子! 良かった!」
パパがめちゃくちゃに振り回していた手を止める。
ぐちゃ、ばちゃ、と聞こえていた音が鳴りやむと、静かになった室内には、パパのハァハァと荒い息と、外から聞こえる沢山の悲鳴とあの恐ろしいうなり声だけが響いた。
「良くないよ! 武尊とママが!」
「いいんだ。アレはもうママじゃない」
「何言ってるの?! ママだよ?!」
「……おっと、武尊も噛まれたんだったな。頭を潰しておかないと……」
私の話など聴いていない様子で、パパは汗を拭きながら千切れた武尊の頭に近づく。
すうっと息を吸いながら両手に持ったゴルフクラブを大きく振りかぶると、おもいっきり、その血塗れの頭に振り下ろした。
予想外に弟の頭が固くて軽かったのか、それは潰れることなく弾かれてごろんと転がる。
「おっと、……武尊、ダメだよ。待ちなさい」
真面目な顔でパパは弟の頭に何度もクラブを振り下ろす。
何度目かの攻撃でついに頭は「ぐしゃ」と音を立て、水風船みたいに弾けた。
「これでよし。さぁ行くよ」
「……どこに?」
「ここはもうだめだ。ゾンビの鳴き声がたくさん聞こえるだろう? ボートで本島に逃げるんだよ」
ガシッと私の手首を掴んで、パパはそのままガレージに向かった。
ママと弟の血に染まったパパが怖い。
私は引きずられるように車に乗り込ませられて、パパはエンジンをかけた。
うちの車はパパの自慢の車だ。
なんかすごく大きくて、4WDって言うゴツゴツしたタイヤの、四角い車。屋根にはボートが逆さまに乗っている。
私はこのエンジンの音がうるさくて、荷物を載せる場所ばっかり広い車があまり好きじゃなかった。
ボートが屋根に乗っかってるのも、迎えに来てもらうときに友達に見られると恥ずかしい。
でも今は、このボートでここから逃げられると思うと、すごく頼もしく見えた。
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