2人が本棚に入れています
本棚に追加
『そこの船舶! 止まりなさい!』
――ぱしゃあ……ぱしゃあ……
規則正しいオールの音に、いつの間にか眠ってしまっていた私は、その学校の全校集会の時みたいな声に驚いて目を覚ました。
ボートの進む方向を振り返ると、そこにはテレビで見た自衛隊の船みたいな、灰色の大きな船が何隻も浮かんでいるのが見える。
「パパ! やったよ! 助かった!」
思わず立ち上がり、自衛隊の船に向かって大きく手を振る。
パパの返事がないのに気が付いて後ろを振り返ると、パパはゆっくりオールを手に持って立ち上がった所だった。
その顔には、頬の肉がない。
私が思わず叫んだ声に反応して、そのパパだったものは、私に近づき始めた。
「ヴぁあぁアァァぁ……」
あの唸り声をあげて、まっすぐ私に向かってくる顔。私は背中から力が抜けたようにボートに座り込み、ただそれを見ていた。
あと50センチ。あと40センチ。
剥き出しの歯で、まるで笑っているみたいにパパだったものの顔が近づく。
『乗船している人たち! 動くのをやめなさい!』
もう一度、拡声器から鳴り響いたその声にパパの顔がふっと私から逸れた。
ボートの床についていた私の指先に、何か冷たい塊が触れる。
私はパパの言葉を思い出す。
「ゾンビを見つけたら必ず頭を潰すこと。それがママや弟であっても」
だったらそれがパパでもそうすべきだよね?
私は銀色の工具を両手で握りしめて、パパの……パパだったものの頭に向かって、その重い鉄の塊を思いっきり振り回した。
最初のコメントを投稿しよう!