始まりは。

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「今日の帰り、どこか寄る?」 「あー、あたし親に早く帰って来いって言われてるからパス。」 「大変だね、葉月の家は。」 中学2年生、夏。 背伸びをしたい年頃。 まだ子供だと親に縛られて、自由に身動きが取れないあたし。 「駅前のピザ屋の割り引き券、今日までだっけ。」 「うん、でも良いよ。私も、もう帰ろうかな。」 「えっ、行かないの。」 「葉月と行けないなら、つまらないでしょ?」 「優奈…本当に大好き…。」 でも、こんなに優しくて大好きな親友が居るから、あたしは別に不幸じゃない。 「りおんちゃんはもう帰るのか?」 教室の隅で、クラスのお調子者の男子の声がした。 「また始まった。」 優奈が顔をしかめて、行こう、と通学リュックを背負う。 あたしもなるべくそちらを見ないようにしてノートとペンケースを手に取った。 でも、聴覚は向こうに集中している。きっと、優奈も。いや、教室に居る全員が。 「りおんちゃん、俺らと帰ろうぜ。なぁ。」 「…やめろ。」 「なに?今なにか言ったかな?」 ガツッと何かを殴る音と、バサバサとノート類が落ちる音。 「あー、ごめんごめん。りおんちゃんの荷物多いから。女子って荷物多いもんなぁ。」 「ちょっと、今日やばくない?」 「もう…早く行こう葉月。」 優奈が教室のドアに手をかけた時。 「触るな!!」 それは、怒号だった。 驚いて、思わず声のする方を向いた。 長髪の少年が、小さいノート1つを胸に抱えてうずくまっていた。 「は、なに?」 「つまんな、もう帰ろうぜ。」 さっきまで甘ったるい声だった彼らが、舌打ちをしながら教室を去った。 取り巻きの1人が、鞄から落ちた青いハンカチを踏んづけた。 「行くよ、葉月。早く。」 痺れを切らせたように優奈があたしを急かす。 ごめん、と呟いてあたしも優奈を追いかける。 「りおん…。凛音くん。」 あたしの呟きは、誰にも届かない。
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