歌え。

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「雨に打たれてる。」 「それは見たら分かるけど。」 あたしは、不思議と彼をおかしいと思わなかった。 全身に雨を受け、廊下も教室のドアも水浸し。 こんな状況、先生にバレたら大目玉をくらうに違いない。 それなのに…。 「…笑えよ。」 ハッとするような冷たい声。 合わさる視線。 「おかしい奴だって、変な名前だって、言えよ。」 震える肩。 滴る雨。 哀しい瞳。 痛む心。 「笑わないよ。」 気づけば、歩を進めてあたしも雨に打たれていた。 「あたしは、絶対にあなたを笑わない。」 冷たすぎる雨のなか、一筋のあたたかな水滴が頬に流れた。 あたしは、泣いていた。 「なんで泣く?」 「分かんない。」 分かんないよ、でも。 「でも、分かりたいと思うよ。あなたのことを。…自分のことを。」 ピカッと雷がどこかに落ちて、廊下の電気が一ヶ所消えた。 それでも、 あたしたちは見つめあっていた。 「…風邪ひく。」 彼がポケットから白いタオルハンカチを取りだし、あたしに手渡した。 「…ちょっと濡れてるけど、ないよりはマシ。」 「ありがとう、ごめん。」 「…謝るのは、俺のほう。」 彼が窓を閉めて、うつむく。 あたしは受け取ったハンカチで涙を拭いた。 「廊下、どうしよう。」 「明日には…乾くだろ。」 「それは無理でしょ。」 あたしが突っ込むと、彼が少し笑った。 つられてあたしが微笑んで、ハッとして慌てる。 「あっ、今笑ったのはそういうのじゃなくて、嬉しくて。」 「…分かってる。真面目か。」 少し恥ずかしくて目を伏せた。 その時、彼が呟いた言葉をあたしは聞き逃さなかった。 「…ありがとう。」 雨が、少し弱くなった気がした。
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