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今はアデルが聴けない
9月に入っても日差しはまだまだ強かった。
仕事を辞めてからの生活にようやく慣れ始めたエレナは夕飯の支度に取り掛かっていた。
昼間は母が経営する英会話塾の事務や受付の仕事を手伝いながら、後の時間は主婦として家事をこなしていた。
打ち合わせや接待などが無い普通の日だと、直樹はほぼ6時過ぎに帰ってくる。
それに合わせて食事の支度をするには、何時から取り掛かれば良いか、更に買い物は何時までに済ませるべきか、段取り良くスケジュールを組み立てた。
そういう意味では、主婦業も辞めた仕事の業務の内容と大して変わらないように思えた。
予定通り直樹が6時過ぎに帰宅した。
7時には食事を始め8時半には直樹は風呂から上がっていた。
「来月、急遽、出張が決まった」
直樹がテレビを見ながら呟いた。
「そう。
何処に?」
「岩手の高校に将来有望な野球選手がいて、
その取材だよ」
「へぇー。
高校生なのに注目浴びるなんて、
将来はメジャーリーガーにでもなるのかな?」
「その可能性はあるかな。
あとは育て方次第だろうね」
「楽しみだね」
「だね」
エレナは少し戸惑ったが、直樹の顔を見て言い出した。
「直ちゃん、
実は私も11月に出張になっちゃった」
「えっ?」
「前の会社の副社長から電話があって、
アルゼンチンに行ってくれないかって」
「仕事、辞めたんなら断ればいいじゃない」
「もちろん、断ったよ。
でも、その案件、亡くなった社長がメインで扱っていたの。
今となっては内容を細かく理解しているのは私しかいなくて…」
「そりゃぁ、会社の都合も良く分かるけど、
そんな事に付き合っていたら、
エレナ、いつまで経っても辞められないぞ」
「うん。
これが最後だとおもうから…」
「それはどうかな」
「他の仕事はみんな引き継いだから、
この仕事だけだよ」
直樹はそれ以上何も言わず、ベランダに出てタバコを吸い始めた。
エレナは中途半端な会話の途切れ方に、いささか苛立ちを感じた。
タバコを半分も吸いきらないうちに部屋に戻った直樹は
「原稿書くわ」
と言い残しそのまま書斎に入った。
夜、帰宅も遅かったり、顧客との接待などで酔って帰る事も多かった以前の仕事に対しては、口にはしなかったが、直樹は良い印象を持っていない事は薄々感じていた。
9時前で、少し早いかとは思ったが、隼人にLINEを打った。
「いる?」
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