秋の風に香る金木犀

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秋の風に香る金木犀

打ち合わせ先の会社の駐車場に車を止め、 ドアを開けて外に出た途端、爽やかな風に乗って金木犀の甘い香りに包まれた。 その空気を思い切り吸って隼人は秋を体感した。 昨夜のエレナからの突然の提案に、戸惑いながらも浮かれている自分に、 気分屋のエレナの言葉だ。 本当に会えるなんて期待すると後で傷つくぞ… と言い聞かせた。 それでも一度舞い上がった気持ちは、 そう簡単には平常心に戻らなかった。 打ち合わせが終わったのは午後3時過ぎ。 車に戻り車内でスマホを手に取ってLINEを開いた。 「エレナ、おはよー。 …って、流石にもう起きてるよね。 今外出先だけど、外は秋の風が気持ち良いよ。 それに、金木犀の香りが充満してる。 エレナも外に出てごらん」 そう打って送信してから、車を発進させた。 結局、エレナからの返信は深夜になってからだった。 「ゴメン、 返事遅くなって。 今日は越谷の友達親子に会いに行ってたから LINE出来なかった。 電車の中で色々考えたんだけど… 会う事なんだけど、 ちょっと考え直しても良い?」 そのメールを読んで、浮かれていた隼人の心は、 一気に急降下した。 彼女の性格を思えば、多少なりともこういう結果がある事を予測しておくべきだった。 「…分かった。 お互いにリスクがあるし、 後ろめたい気持ちのまま会っても楽しくないしね」 隼人は半分投げやりに言葉を送った。 「会いたい気持ちは変わらないんだよ…」 「もう良いよ。 …これ以上は良い。 この話は終わりにしよう」 「わかった。 ホントにごめんね」 その後、今日会った友達の話や、 秋晴れの中の金木犀の香りの話をした。 「ねぇ?」 「うん?」 「怒ってる?」 「怒ってはいないけど、 ちょっと落胆はしてるかな」 「そうだよね…」 「でも、良いよ。 エレナの気持ちを尊重するよ」 「ありがとう。 ゴメンね」 「一言だけ良い?」 「うん。なに?」 「エレナの… バーカ…!!」 そう言って、その夜はキスをしてLINEを消した。 ただ、隼人は暫く眠れなかった。
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