奇跡の夜

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奇跡の夜

隼人が前日の夜に予約をしたホテルは 品川駅から少し坂を登った所にあった。 蒲田の客先への納品を切り上げて、 そのホテルの駐車場に着いた時には、 エレナとの約束の時間の7時になっていた。 す 隼人は車を停めて、 車の中で作業着からスーツは着替えて、 急いでホテルを後にした。 外は秋の雨が降り始めていたが、 その時の隼人には 傘を買う時間の余裕も、 心の余裕も持ち合わせていなかった。 早歩きで五反田駅に向かう途中で、 エレナにLINEを送った。 「今向かってるけど、あと10分くらい掛かりそう ごめんね」 「私も今着いたところだから、慌てないでいいよ」 早く逢いたい気持ちからか、 約束の時間に遅れていているからか、 隼人の気持ちは焦る一方だった。 五反田駅から山手通りを少し登りかけ、 右手の繁華街に向かう小道を曲がった。 そのイタリアンレストランの看板はすぐにみつかった。 真新しい雑居ビルの二階にあった。 エレベーターの中で、手ぐしで髪を整え スーツの上着に残った雨の雫を手で払った。 エレベーターのドアが開くと、 目の前に大きなガラス窓があり、 外のネオンが店内を照らしていた。店内では30代くらいのカップルが ボックスシートで食事をしている。 「いらっしゃいませ」 店員が声を掛けてきた 「待ち合わせですか?」 「はい」 「こちらへどうぞ」 名前も聞かれず案内された。 客は、そのカップル以外はいない様だ。 右の壁の奥に更にボックスシートがあって、 その手前のシートに、髪が肩まで伸びた女性が1人、 真っ直ぐに行儀よく座っていた。 「こちらです」 店員に案内され 隼人は彼女の前に立ち、 彼女から目を離さず、ゆっくりとシートに腰を掛けた。 「遅くなってごめん」 「ううん。そんなに待ってないし、 お店も空いていたから平気よ」 「あらためて、 初めまして」 「なんか変な気持ちだね。 初めて会うのに、そんな感じ少しもしないし、 隼人さん、想像通りだし…。」 「ほんと? それなら良かった。 がっかりされていないのなら。 エレナは想像以上に、 顔がちっちゃいね」 「うそ? そんな事ないでしょ。」 それから2時間半以上、 取り留めのない話は尽きる事なく続いた。 最初の2杯はグラスワインだったが、 その後はイタリア産の赤ワインのボトルを 2人で空けた。
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