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尾畑が居心地悪げに体を動かす音が聞こえる。
全島で停電でも起きているのか、本当に一寸先は闇と言う感じのここで、何も見えない俺は否が応でも音に敏感になっていた。
呼吸や一挙手一投足がたてる音で、尾畑の不安や焦りが手に取るように分かるほどだ。
俺は安心させるように、尾畑の背中をとんとんと叩いた。
「……僕は……信じられないかもしれませんが、今朝、コンビニの帰りに『ゾンビ』に襲われたんです」
「ゾンビ? あの生きてる死体の、人間を食う、あれか?」
「まさにそれです。でも、運良くそれは子供のゾンビだったので、僕は何とか逃げることが出来ました。転がるようにめちゃくちゃに走って、気が付くと家の前でした。そしたら、急に暗くなった通りで、あの化け物が人間を襲っていたんです。もう夢中で家に逃げ込みましたよ。そして、ここに隠れて神様にお祈りをしていたら……その声を聞いて兄屋木さんが来たんです」
「……ゾンビと化け物ねぇ。まぁ今更何が来ても驚かねェけどな」
――がたっ。
その物音で、俺らは身を竦める。こんな時だと言うのに、音に合わせて漂う何とも言えない食欲をそそる臭いに、俺はゴクリとつばを飲み込んだ。
声を聞かれてしまったか?
体をすくめてじっと全てが過ぎ去るのを待つ俺らを沈黙が包んだ。
しかしなんだ、この美味そうな匂いは。頭がおかしくなりそうだ。
数瞬の後、玄関が開き、中へ入ってくる化け物の足音。
そして耳障りな化け物どもの金切り声がそれに続いた。
「大丈(あーーーー)夫だ。ゾン(ああーー)ビは(うー)居な……いや、ちょっと(ううーー)待て、そこの押し(うあーーー)入れから唸り声(ううああーーー)がする」
「気(あーー)をつけ(うあー)ろ」
頭の中で、化け物どもの声がキンキンと響く。
俺は敏感になっている耳を掻き毟って、割れそうになる頭で押し入れを飛び出した。
何を言っているか分からねェが、この化け物どもは敵だ!
ただ殺されるのをこそこそと待っていてやる義理もねェ。
「うぉぉぉぉぉ!!!」
俺はあらん限りの声をあげて、真っ暗闇の中、金切り声をあげる化け物へと襲い掛かる。
また、あの食欲をそそる匂いが鼻腔を満たし、俺は口の中にあふれるよだれを止められなかった。
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