0人が本棚に入れています
本棚に追加
兄屋木 尊美(あにやぎ たけみ)の場合
くそ、体が重い。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、だけど……くそっ! なんで俺らがあんなバケモノに追っかけらんなきゃならねーんだ!」
「化け物に人間の理屈は通じないですよ」
「……そうだな」
化け物に襲われた傷はもう痛みもなくなっていたが、その分、体は重く、俺の動きを妨げていた。
俺たち人間にそっくりな、でも本質は全く違う、俺たち人間を追い回して、無差別に殺す化け物。
あいつらが現れたのは、もう遥か昔の事のようにも思えるが、まだ数時間ほど前の事だった。
同じアパートに住んでいた、今までに何度か顔を見たことがある程度の隣人、尾畑建彦と言う学生と一緒になんとか身を隠しているが、ここもいつ見つかるか分からない。
俺は真っ暗で何も見えない押し入れの中で、ただじっとりと息を殺した。
「……兄屋木さん、あなたはどんなふうに襲われたんですか?」
ただ黙って座っていることに我慢しきれなくなったのか、尾畑が話しかける。
音を立てれば見つかる可能性も増えるが、俺もそろそろ限界だった。
朝から何も食べてないから、まるで丸一日食事を抜いているみたいに腹も減っている。
不安や空腹をごまかすために、俺は出来る限り声を潜めて、朝の出来事を語った。
「……つっても、もったいぶるような事は何もないんだけどな。夜勤明けで半分寝ながら帰ってきたら、そこの通りでふらふらしてるホームレスにぶつかってさ、そいつが『ヴぁぁああぁぁ!』なんて大声を出すもんだから怒鳴りつけて蹴飛ばしてきたんだけど、家に着いたら玄関で急に意識を失っちまったんだ」
ふと気が付けば、化け物が俺の体を揺すっていた。
そいつの顔は逆光でよく見えなかったし、言葉は「あー」だか「うー」だかよくわからない耳障りな金切り声だった。
俺はそいつを突き飛ばし、なんとか逃げようともがく。
でも、結局俺は逃げることも出来ずに、背中に衝撃を感じてまたその場で気を失ってしまった。
「で、気が付いたら外は真っ暗さ。隣の部屋から聞こえたお前の声につられてここに逃げ込んだって訳だ。殺されなかったのが不幸中の幸いってやつかな。……お前は?」
最初のコメントを投稿しよう!