遺言書

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いつか来るのだと知っていた。 いつか来るべきだと決めていた。 重く湿った城とも呼ばれる建物内。 無駄に広く、飾り気も味気もない室内。 目立つこと、怯えさせること、覚悟させること、それを目当てに装飾された巨大なドアからは赤いカーペットが今自分が座っている椅子まで、更にその奥まで伸びている。 椅子の装飾は骸骨を思わせ、死をにおわせる装飾を施されている。 そうしようと決めたのは自分だが、座り心地がいいと思ったことは1度だってない。 手を伸ばしても、ジャンプしても届きそうにない天井は、高さがあるくせに閉塞感があり息が詰まる。 こんな部屋にしたのは自分だが、安らぎを感じることはこの先もない。 そんな天井から、1人の手下が下りてくる。 つい先ほどまで姿を消していたが、そんなことには驚かない。 そうできるように自分が力を与えたのだから。 手下は趣味の悪い椅子の前にひざまずくと、深々と頭を下げた。 二足歩行できるその部下の姿は間違ったってヒトではない。不気味だと思ったことはない。その姿を与えたのは紛れもない自分。 彼を創ったのも自分。 ヒトとはかけ離れた口を開いた。 まるで獣を思わせるその口はきっとヒトを丸呑みできる。 恐ろしい見た目にしたが、彼と対峙したヒトのいったい何人が恐れを成すのか。 「南の森が攻め落とされたそうです」 「……何が残った?」 「無人の建物です」 「『箱』の中は?」 「はい、空です。すべて丁寧に持ち帰ったみたいです」 「そうか」 返事をすると、手下は空気に溶け込むように姿を消した。 西の国が攻め落とされ、東の島々を奪われ、南の森が全滅した。 順調に戦力をため込み、力を蓄えた彼らは、きっと意気揚々とこの城に攻め込んでくることだろう。 自分を殺しに。 動機はきっとない。 殺さなければ――狂気とも呼べる使命感に駆り立てられながらこの城に攻め込んでくるのだ、きっと。 それは別にいい。 自分は倒されることを前提に今の今までここに立っていた。 解放されるのは喜ばしいことなのか。 殺されるのは望ましいことなのか。 「……魔王様、勇者一行が南の洞窟を攻め落とそうとしております」 先ほどとは違う部下が声をかけてきた。 姿形をはっきりと持たない不安定な存在だが、みっともないとは思わない。 自分の希望の形だった。
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