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だったらなおさら帰らなくていいのか、そんな風に思ったり聞いたりすることは、きっといそいそと郵便物をもって来るよりおこがましい。
おこがましいとか…一か月前の自分なら考えもしなかった。
火からおろした土鍋のかわりにカレーの鍋をのせ強火でぐるぐるかき混ぜる。
来るとき100均で揃えた皿につぎスプーンをつけ渡す。
受け取りながら松永が「お前は?」と聞いた。
「俺?…えーとうちは父親と母親と、じーちゃんとばーちゃん、あと姉貴が三人いる」
「すげーな」
「実家は鯖寿司とおはぎの店やってる。ちょっと、え?って思う組み合わせだけど、昔からのお客さんも結構いて雑誌とか、たまにテレビでも紹介されてて…」
もっと知りたいに始まって、触ってみたくなって、気づけば今、興味を持ってほしくなっている。
興味を持ってほしいって、傲慢で欲張りな感情だと思った。
話ながら額のあたりに視線を感じる。合間合間に「へぇ」と相槌が打たれることすら今までになかったことだから、なれなくて早口になる。
「紹介されるときは大抵『美人三姉妹のいる』ってつく。味はまあまあかな」
もっといろんなこと聞いてほしい。
知りたいな、って、自分がそういう気持ちだから相手にも同じように思ってほしい。それってわがままなのか。
ぼんやりしていたら、松永が自分で二杯目をつぎたしていた。ビールは三本目があけられた。
しゃべることもそうなくて、南は携帯をさわったりしながら特別放送の洋画を見る。それでも時間はいつもの何倍もの速さで進んでいた。
松永が土鍋の底に焦げ付いた米をしゃもじでごりごりけずっている。12皿分の分量で作ったカレーはもう黒い鍋底がみえていた。
二日目のカレーは無理だな。
今日
鍋の中で煮えていく具を見つめながら「何もしない」、もどかしさを知って
今はその何十倍ももどかしい。
サイコロふりまくって双六の駒をすすめたい。何かの邪魔が入るまえにゴールまで、早く。
よく食べる男を目の前に切実に思った。
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