ツマ

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夜中の二時。寮の部屋のベッドに転がって「Bmail」にログインする。さっきコンビニで入金した福沢諭吉一枚が50回分のサイトメールができるポイントに変換されているか確かめる。 遊びは相手は探していないとはっきり自己紹介欄に記入したのに一通メールがきていた 『いろんな男とセックスして常に刺激を得るのはいいことだよ。 恋とか愛とか関係なしにただただセックスする日々もそんなに悪いもんじゃないよ。 いい出会いばかりじゃないけどいい出会いもあるよ。 気持ちいいばかりじゃないけど気持ちよくもなれるよ。 依存さえしなければ楽しめるよ。 ずっと楽しい夢を見ていたいなら、愛だの恋だの本気にならないで「俺たちの関係はそういうもん」って割り切って楽しまなきや損だよ』 ――きっも・・・。 胸が不快感でいっぱいになった。言葉のひとつひとつがひんやり冷たい筋になって背なかを滑り落ちていく。自己紹介欄に書いた一文を読んでメールしてきたんだろうけど、そーゆー君の知らない世界の扉を開けてあげるよ的な親切いらないから。 一瞬でもひるでしまったことが悔しくて『頼むから自分のキモさに気づいて他の人間に同じようなメールを送らないようにしてくださいませね』、と塩を送り返した。 気を取り直し、まだ決めていなかったハンドルネームの空欄に「つ」、「ま」と打ち込んだ。 これ以外にはないように思えた。迷う余地はない。 松永がハンドルネームをカタカナのショウにしていたことを思い出し、自分も「ツマ」に変換する。 足元のタオルケットをおなかの上までひき寄せて、蝉の幼虫みたいに背中を丸める。南は眠れない夜の中。まだ松永の班に異動してから数日の、ある日の記憶を遡って懐う。 どの班も納期間近であわただしく班員の誰もが半人前の面倒なんかみれないよ、という空気を出していた。なんでもいいから手伝えることはないかと声をかけたら「隣の班からちりとり借りてきて」と言われたのだ。 隣の二班のスペースを見ると小さなミスがあったようで作業が停止していた。がたいのいい班長と社屋から来た担当設計者が再開のめどについてもめている様子だった。
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