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送信後、改めて相手のハンネに目をやり携帯を持つ手が固まった。
『ツマ』
最初に浮かんだのは月曜に会う約束をして結局会わなかった男の配偶者が、パートナーの性癖と火遊びに勘づいて連絡してきた…ってやつだった。
プロフィールを見る。歳は24。サービス業で身長170後半。書かれていることがどこまで本当かなんて確かめようがないけど一応男ではあるみたいだ。
ツマって響きにそのまま漢字の『妻』を当てはめたが妻夫木とか新妻とか妻の文字が入ってる名前だってあるにはある。
返信がきた。
『真剣に探して見つけたセックスフレンドとセックスするときって、キスしたり「好き」って言ったりするのかな?って』
質問に眉をひそめる。
舐め犬だのサクッとだのもうバリエーションは出尽くしたと思っていたがまたタイプのちがう新手が舞い込んできた。
「しないし言わない」と送信する。
煙草の火を消し顔をあげると東の空がしろんでいた。真夏の朝は早い。まだ夜のうちに日がのぼる。
ベランダから部屋に戻り資料の残りをつくる。キーボードを叩いているとまたメールが返ってきた。
『そーなんだ。じゃあ俺には無理かな。好きって言いながらテンション上げていきたい派だし。そもそもセフレっていう拘束力がない他にも相手いるかもって状況が無理。虜にしたいし自分も虜にされたいから』
何言ってんだこいつ…。
怒濤の文字並びに呆然としながら『虜』なんて言葉、久しぶりに聞いたなと思った。これ以上返信する言葉が見つからずログアウトした。
資料の文章にしろメールにしろ、普段の会話にしろとにかく言葉のやりとりが苦手だった。
さすがにいい大人だから人見知りはないにしても自分の言葉に意味を持たせ何かを伝えたり、教えたり、説得したり、叱ったり、褒めたり、労ったりというのが一切合切苦手。
ーー気をつかわせてる。そういう空気をつくってるのは松永さんだ。
俺が悪いのかよ。
またしてもクソ生意気な南の声と顔が浮かんできた。
ーーみんな松永さんには言うなよって釘さすよ。『かなたがうちの班抜けて一番堪えてるのも寂しいのも松永さんだと思うから』って。
あいつはどうも脳みそと口との距離が近いのか思ったこと感じたこと言いたいこと。なんでもかんでもストレートにぶつけてくる。その度うるせーよ、と思う。
だいたい寂しいのもってなんだ。
いったい自分はどれだけ女々しいやつと思われてんだ。
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