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翌日午前。
足場の上を歩いていると前にいた南の頭が視界の中心から縁へふらりと揺らいだ。
本能的に落とした視線のさき、命綱である安全帯のフックがロックされないまま手すりを甘噛みしていた。
落ちる、と思うより先にからだが動く。
動かしている、という意識もないままに南の首根っこをひっつかんで重力の反対側に引っ張りもどした。
衝撃で尻餅をついた南は何が起きたのかわからないという様子で呆然となっていた。
翔太は背中をつたう冷たい汗を感じながら南の安全帯にロックをかける。
「ーーっぶねーーな!!ーーっ馬鹿かお前はっ!!?」
自分の声が建屋中にひびきわたった。
下にいた班員や他班の作業員から「どうした?」と声がかかる。
すぐに返せず、ゆっくり息を吐き気持ちをなだめてから「大丈夫です」と下にむけ声をだした。
南が「すいませんでした…」と、翔太の顔も見ないまま謝った。
「すいませんでしたじゃねーよ。打ち所悪きゃ下手したら死ぬぞ!…ってお前…」
なんか顔色悪くねーか?
そう、言葉にする前に「気をつけます」と南は作業に戻っていった。
すみませんでした。気をつけます。反省をのべる声はえらく淡々としていて、落下寸前だった南よりも自分の心臓の方が何倍も速く鼓動しているように思えた。
似つかわしくない口調に目の下の薄いくま。しばらくは様子を見ていたが南の手元はしっかりしていた。指先だけに全意識を使うようプログラムされたロボットみたいに。
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