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沢が扉に視線をむけ「吠えてますね…。俺むこうの班じゃなくてよかった」と冗談めかし呟くが、翔太は人を怒鳴れるのもある意味能力だと感じている。
怒鳴って人を動かすくらいなら黙って自分の手を動かしていたい自分にはできない。
思ってから、ちがうなと気付いた。さっき南に「馬鹿か」と声をあげたていた自分がいた。あんなでかい声だしたのはいつぶりか。
「ーーそういえばこの前、南が言ってたんですけど…」
沢が話を切り出した。
「何だよ?」
「まだうちの班に来たばっかの時。隣の鬼班長が今みたくキレてるとこに何か聞きにいって怒鳴りちらされたって」
あー…
そういやあったな。事の輪郭だけ覚えてる。確か2班がトラブってるとこに南が不用意に今でなくてもいいような、急ぎじゃない質問をしてあたり散らされていたやつだ。
沢がつづける。
「その時に松永さんが走ってきて『うちのがすいません』って謝ったんだって言ってました。で。二人になったとき『分かりやすい八つ当たりだ。後で恥ずかしくなるやつだ』って言ってくれたって。けど最後に『しっかり目開けとけ』って叱られたんだって南が教えてくれました」
「よくいちいち覚えてんな」
翔太自身あったでき事は覚えていてもひとつひとつ口にした言葉なんて記憶しちゃいない。
それでも空気とタイミング。
どうでもいいようなことで手を止めさせるから噛みつかれる。今はそれどころじゃないと見てわからないとなれば、しっかり目を開けておけと言うしかねーだろ。
ふつうのことだ。特別なことなんて何も言ってやしない。
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