思い

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寮母が「手伝うわ」と、じゃがいもの皮をむいてる南のとなりで玉ねぎを切りはじめる。 「せめて玉ねぎ半分すりおろしたり…」 「しません」 「リンゴすったり蜂蜜いれたり…」 「しません」 にこやかに、でもきっぱり言われる。 本当に大丈夫だろうか。特別なことを何もしないって逆にむずかしい。 「すっげー不安…」とぼやいた。 野菜と肉をサラダ油でいためる。鍋に移そうとした際 「これ使いなさい」と寮母が棚の下から黒い鍋をだした。 「今は私、寮のごはんを夕食にしちゃってるけど、ここをはじめる前はこれ使ってたの。すっげーいいわよ」 楽しげに言った。 ずっしり重い南部鉄器鍋だった。 「ありがと…」 松永から送られてきたアパートの住所をグーグルナビに設定する。 鍋が落ちないようバイクの荷台にしっかり固定する。 自分の人生こんな風にこんな気持ちで、誰かの元へカレーを運ぶ日が来るなんて想像もしなかった。 松永のアパートにむけ走る。19時半。 ナビの指示通り大通りから一本静かな通りに入った。 暖簾のかかった小さな銭湯とコインランドリーのほぼ向かいにある三階建てアパートが目的地。 駐輪場にバイクをとめた。 エントランスにある集合ポストのひとつが郵便物でぱんぱんになっているのに目がいった。 表記された303号室は教えられた松永の部屋番号だった。 見なかったことにして階段をのぼる。 やっぱり気になり、引き返した。 集合ポストの上に鍋をおき、ピザとか寿司とか重複してるチラシを仕分けゴミ箱にすてる。 手の中に残った公共料金の支払いとか、上にもっていこうかと思ったけど、さすがにうざいか…。 ポストに戻しておく。
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