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「片道切符。宵の行きたいところに行ってくれる」
「……ほんとう?」
「ほんとう」
ホームの端っこで、空恐ろしいほどうつくしい宇宙を眼下に。コンクリートが冷たい、とは感じなかった。若葉色の可愛い靴を履いてわたしは。
「行ってきます」
かんかんかんかぁん、とさみしい音がした。リンドウ、ワンピース、髪の毛、星。それを揺らしている風を作っているのは走る電車だった。知っている、とわたしは思う。この電車に乗ってわたしはここに来たのだ。藍色の切符を握って、深呼吸をする。あの子の元に、きちんと行けるだろうか。
「宵、は、」
ふしゅう。電車が止まる。赤い椅子がずらりと並んでいた。ちょっと振り返ると、女の子は独りぼっちでも、ほんの少し笑っていた。
「きっと花の綺麗な季節に行けるわ」
行ってらっしゃい。ひらり、女の子が手を振る。電車に乗り込んだわたしは薄い色のワンピースの裾を握りしめる。花の綺麗な季節に行けるだろうか。ドアが閉まって、電車が走り出した。ちいさな駅を置き去りにして。女の子があっという間にちいさくなって、見えなくなった。
わたしは。
「行ってきます」
もう駅のホームは見えず、青い星に近付いていた。赤い座椅子に腰をおろす。ふかふかで心地のいい椅子だった。いつもの癖で足を抱えようとして、自分が靴を履いていることに気付く。足を撫でたら、やはりとても冷たかった。
そう、わたしは死んだのだ。
死後の世界を信じたことはなかった。こんな状況になった今でさえ、どこかなにも信じられない。自分が死んだあの時からすべて夢なのではないだろうか。しかし体の痛みも、意識が遠のくあの感覚も、しっかりと覚えているのであった。
両腕に触ってみる。冷たい。頬もつめたい。足も冷たい。死んだ。死んだのだ。あたたかいのは、涙だけだった。かなしい、と思った。みんなを置いていったことも、体が冷たいことも、みんなと会えるのはきっとこれが最後だと言うことも。
でも、わたしは。あの子の元に行けるまで、このうつくしい宇宙の中ではもう泣かない。
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