夜明け行きの電車を待つ

2/9
前へ
/9ページ
次へ
 かんかんかんかぁん……と寂しい音に、わたしは目を覚ます。  ぐるりと見渡すとそこは駅のホーム。藍色の宙に浮くレールの上に電車はない。コンクリートのそこかしこに青の花が飾ってあった。風もないのに花が揺れる。満天の星。冷たい鉄製のベンチから、するりとわたしは降りた。わたしの目の前に立つ、ちいさな女の子が口を開く。 「おはよう」  なにもわからないまま、わたしは口を開いた。星の下、藍色の空の下でこの言葉を発するのはおかしいと、思う。 「……おはよう」           * 「焦ることも怖がることもないわ、ここは逃げ場なのよ意味わかる?」 夜空の色の瞳を持つ少女はどこか歌うようにわたしにそう告げた。白いボックススカート、白いトゥシューズ。瞳は濃い藍色なのにきらきらしている。表情はあまり動かない。肩に届かない程度で黒い髪は切りそろえられていて、時折風に煽られたように揺れる。  りんりんと風もないのに花が揺れていた。あれはリンドウ、と少女は言う。花を指す手首には青の輪っかがある。その輪っかから無数のちいさな星が連なり、もう片方の手首の輪っかに繋がる。不思議な装飾だ、と思った。 「宇宙に一番似合う花はリンドウなんですって。あたしにはよくわからないけど」 「どうして?」 「あたし、リンドウ以外の花を知らなくて。座ったらどう?」  へたん、とわたしはコンクリートの床に座り込む。そうじゃないんだけどなぁ、と少女はちょっと呆れたように言った。コンクリートは灰色でつめたい。でも今さっきまで座っていたあの鉄製のベンチにはもう、座りたくなかった。 「ああ、でも、だめよ。冷たいでしょう。ここのコンクリートは冷たいの。太陽の陽を浴びたことがないから」  少女がわたしに手を伸ばす。手首から連なる星がりぃん、と鳴った。腕を掴まれたわたしは、少女にひょいと引っ張られて、ふわりと宙に浮く。 「え、」 「驚かないで。ここは電車が止まらないステーション。重力からほんの少しさようならした場所」  少女のボックススカートが風もないのにゆらゆら揺れた。手首に連なる星がりぃんりぃんと鳴る。リンドウの花もりんりんと、どこか歌うように。 「ここは電車が止まらないステーション。重力からほんの少しさようならした場所。あたしはここの管理人」  藍色の瞳はきらきらと。 「名前はないわ」
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加