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かんかんかんかぁん……と寂しい音に、わたしは目を覚ます。
ぐるりと見渡すとそこは駅のホーム。藍色の宙に浮くレールの上に電車はない。コンクリートのそこかしこに青の花が飾ってあった。風もないのに花が揺れる。満天の星。冷たい鉄製のベンチから、するりとわたしは降りた。わたしの目の前に立つ、ちいさな女の子が口を開く。
「おはよう」
なにもわからないまま、わたしは口を開いた。星の下、藍色の空の下でこの言葉を発するのはおかしいと、思う。
「……おはよう」
*
「焦ることも怖がることもないわ、ここは逃げ場なのよ意味わかる?」
夜空の色の瞳を持つ少女はどこか歌うようにわたしにそう告げた。白いボックススカート、白いトゥシューズ。瞳は濃い藍色なのにきらきらしている。表情はあまり動かない。肩に届かない程度で黒い髪は切りそろえられていて、時折風に煽られたように揺れる。
りんりんと風もないのに花が揺れていた。あれはリンドウ、と少女は言う。花を指す手首には青の輪っかがある。その輪っかから無数のちいさな星が連なり、もう片方の手首の輪っかに繋がる。不思議な装飾だ、と思った。
「宇宙に一番似合う花はリンドウなんですって。あたしにはよくわからないけど」
「どうして?」
「あたし、リンドウ以外の花を知らなくて。座ったらどう?」
へたん、とわたしはコンクリートの床に座り込む。そうじゃないんだけどなぁ、と少女はちょっと呆れたように言った。コンクリートは灰色でつめたい。でも今さっきまで座っていたあの鉄製のベンチにはもう、座りたくなかった。
「ああ、でも、だめよ。冷たいでしょう。ここのコンクリートは冷たいの。太陽の陽を浴びたことがないから」
少女がわたしに手を伸ばす。手首から連なる星がりぃん、と鳴った。腕を掴まれたわたしは、少女にひょいと引っ張られて、ふわりと宙に浮く。
「え、」
「驚かないで。ここは電車が止まらないステーション。重力からほんの少しさようならした場所」
少女のボックススカートが風もないのにゆらゆら揺れた。手首に連なる星がりぃんりぃんと鳴る。リンドウの花もりんりんと、どこか歌うように。
「ここは電車が止まらないステーション。重力からほんの少しさようならした場所。あたしはここの管理人」
藍色の瞳はきらきらと。
「名前はないわ」
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