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「名前。ないの?」
「必要ないから。でもあなた達って名前が好きよね。じゃあ名前つけてあげる、ってよく言われる」
「どんな名前をつけられたの?」
「……テカセ、ホシカセ、プラネット……」
すぃ、と少女の目線がわたし達のいる向かい側のホームに動いた。静かに凪いだ目で、どこか遠くを見るよう。りぃん、と少女の星が強く鳴った。
「……シグナレス。これくらいしか覚えていない」
「最初の、テカセ、ホシカセって」
「手の枷」
手首には細くて青い輪っかがある。
「星の枷」
その輪っかからは星が連なっていて。
「あたしの枷」
「……そう」
なんとか返事をした声は震えていた、気がする。少女は、ことん、首を傾げる。
「ああ、別に大丈夫なの、あたしは……それよりあなたよね。ここは逃げ場、って今さっき言ったの、覚えてる?」
「うん……」
少女がわたしの手を引いて歩き出した。冷たい、と思う。いっぽいっぽ、コンクリートを踏むたびに、身が切られるような冷たさを感じる……。
「ここは電車が止まらないし」
ホームの端に立って足元を見下ろしたら、そこにも星がぶちまけてあった。藍色を背景に、無数のひかり。綺麗だ。空恐ろしいほど綺麗だ。三百六十度の宇宙。綺麗だ。宙に浮くステーション。りんりんりん、と一際大きくリンドウが揺れた。
「こんなんだし。来るのも出るのも難しいの」
「……ここで、ひとり?」
「ひとり。でもまぁ、こんなところにいるのがあたしだけだから、いいと思う。独りぼっちはさみしいでしょ、ってよく言われるんだけど、」
少女はまたわたしの手を引きながら歩き出す。
「こんなところで二人きりの方がよっぽど大変じゃないかしら。こんな閉鎖空間で、二人きりは」
「……まぁ、そうかも」
深呼吸をした。ぺたぺたと裸足で歩く。コンクリートが冷たい。
「ねぇ、あたしにお姉さんのことを聞かせてよ」
「わたしのこと?」
待合室、とプレートのかかったガラス張りの扉を少女が開く。赤くて柔らかい絨毯が敷いてあって、わたしは少し安堵する。革張りのソファに向かい合って座った。
「そう。お姉さんはなにが好きなの?」
「わたしの、好きなもの……ええと、絵を描くのが好きなこと。青色。朝日。緑色のカーテン……」
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