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行儀悪く、ソファの上で膝を抱える。青白くなってしまった足を撫でた。冷たい。あのコンクリートみたいだ、と思う。若葉色の、明るい色の、パンプスを思い出す。春によく履いた、可愛くて綺麗な靴。たんたん、と足音が軽く響くあの靴。
「春も好き。さくらは綺麗。祖母がフランス人なんだけどとても綺麗な人なの。厳しい人だけど。髪の毛が薄茶色できらきらしていて、目は灰色がかった青色で、不思議な色」
とめどなく言葉が溢れていた。歌うように少し節をつけて喋るのはフランス人の祖母が話すフランス語に憧れたせい。わたしの知る世界は綺麗なものと好ましいものがたくさんある、のだ。
……あった、のだ。
「仲のいい子がいてね、保育園から高校までずっと同じクラスだったの。凄いでしょう。その子はの名前は深知(ミチ)で、弟は歩(アユム)っていうの。歩はね、料理が上手で、深知は家事が出来ない子だったから、歩が弟で本当に良かったと思う。ああ、久しぶりに歩が作った朝ごはんが食べたいなぁ―――」
なんて。
「……無理なんだけど」
「そうね」
足をまだ撫でながら外を見た。リンドウが相変わらず揺れている。
「ここってあの世ってやつ? そんな感じしないけど」
「あの世じゃあないわね」
「ふぅん……」
自分の着ている薄い色のワンピースの裾を摘む。お気に入りのやつだ。最期の記憶で、わたしは、この服を着ていた、と思う。
「ええと、交通事故で、トラックにぶち当たって?凄い衝撃だったことしか思い出せないな……」
「自分が死んだ瞬間って好きなものなの」
「いや、ぜんぜん」
「じゃあ話さなくていいわ。ここでは好きなものの話しだけすればいい」
「そう……」
逃げ場、ね。わたしは口に出さずに呟いた。死んだ自分に逃げ場なんて必要ないと思うんだけど。冷たい足を撫でる。死体の温度はやはり冷たい、ということなんだろうか。こんな意味のわからないところに来たとしても。冷たいコンクリート。もしかしてあのコンクリートももう死んでるのかもしれない、と思って、意味わからないな、と笑ってしまった。
「まぁ死んだものはしょうがない。それで、わたしここに来てどうするの、管理人さん」
「特に決まってないけど。あたしのお手伝いをしてくれる?」
「お手伝い」
「いつもみんなよくわからないタイミングでいなくなるから。これをこうしたら帰れるとかないの」
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