夜明け行きの電車を待つ

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「もしかしたら、あの子は諦めちゃったのかも。だって来ないんだもの。絵は完成しないのかも。なんてったってあたしね、」  少女は壁を撫でる。まだ絵の具の乗っていない、乳白色のつるりとした壁だ。 「なんでこの絵を描いてるのか、忘れちゃった」           *  あの寂しい音はいったいどこから聞こえたんだろう、と冷たいコンクリートを踏みながら思う。かんかんかぁん、と虚空に響いたあの音はいったいどこからどこに行ったんだろう。  重力からほんの少しさようなら。少女が歌うように告げた言葉だ。これを言われたあの時がどれくらい前なのかは、わからない。ここには朝もないし夕もない。食事も水分も摂取していない。時間の過ぎ方がとても緩慢で掴みどころがない。時間に掴みどころがあるとは、あまり、思えないけど。  宙に浮いている線路を見る。どこからどこに行くんだろう。とう、とコンクリートを蹴る。軽く一メートルは飛び上がれた、だろうか。そのままゆっくりコンクリートに落ちる。そんなわたしを軽く見上げながら、少女は首を傾げながら口を開く。 「なにやってるの?」 「重力からさようならを実感中」  少女の問いに答える。首を傾げたまま少女はリンドウを摘む。なにやってるの、と聞いたのは、今度はこちらの方だった。 「なにやってるの?」 「たまに摘むの。一度放置してたらホームがすごいことになっちゃったから」 「へぇ。このリンドウって咲くんだ」 「咲くけど、枯れないのよ」  うつむきながらとつとつと少女は言った。一番最初会った時に交わした言葉以外は、こんな風にとつとつと喋ることが多い。歌うように喋ったあの声はとても綺麗だと思ったのだけど。  手のひらいっぱいに摘んだリンドウを抱えて、少女がホームの端に向かう。黄色の点字ブロックまで再現してあることに、わたしはいま気付く。ただしこの駅の名前が書いてある看板はない。  たくさんの青い花を線路の上に、宙にばらまく。緩慢に落ちて行った一瞬の後、強い風に吹かれたかのようにリンドウが散り散りに飛んでいく。こころが痛いと勘違いするほど綺麗に、飛んでいった。
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