夜明け行きの電車を待つ

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「向こうのホームは、」  わたしは向かい側のホームを指さす。風なんて吹いていない。少女の髪の毛もワンピースもばたばたとはためいて、けれどわたしの薄い色の髪の毛もワンピースも寸毫たりとも動かないのだ。 「花は咲かないの?」 「……さぁ。あちらのホームには、行ったことないのよ」 「そう……」  りんりん、とリンドウが鳴る。絶え間なくリンドウの花が鳴っている。切ない音だ、と思う。こんなに綺麗な音なのはどうして、と少女に聞いたことがある。絵筆を握った少女は、わたしの方は見ずに答えた。本当に聞いて欲しい人には届かない音だから、綺麗なのよ。  わたしはうつむく。ほんの数秒。その瞬間に。 「……わたし行かなきゃ」  ぱたぱたと涙が出た。重力の拘束からほんの少し開放された涙はゆっくりと落ちてコンクリートに染みを作る。 「行けるんでしょう。ここはホームだから。駅だから。どこにでも行けるんでしょう」 「そうよ」  答える少女の声はほとんどささやき声だった。少女がわたしの手を取る。あたたかい手のひらだった。 「行かなきゃ、ってみんな言うの。突然にね、行かなきゃって。たぶん行かなきゃいけなくなるからよ。だったら行かないとね」  こっち、と少女が手を引く。ホームを歩く足取りには迷いはない。少女がわたしを見上げて少し笑った。初めて見る笑顔だった。 「きっとここにはいない方が『正しい』んだと思う。死んだ人は行く場所があるのよ。あたしはそこに行けなかった、訳だけど。行く場所に行けないとか、わからないとか、そういう人がここに来るんだってあたしは思っている」 「行く場所……」 「天国かも。地獄かも。でもそこって行きたい場所なのかしら。自分の望みって意外とわからないものよ。ねぇ、宵、あなたの行きたい場所ってどこ?」 「わたし、あの子のところに、行かなきゃ」  考えるより先に口が動く。 「歩が……、深知と、歩が、たぶん、迷ってるの。わたしこういう勘はいいのよ。あの姉弟ってすぐ迷っちゃうの。だからわたしが、わたしが行かなきゃ。それに、」 「……それに?」 「……わたし、深知と、歩に、会いたい」 「そうね」  どうぞ、と手にちいさな紙切れを押し付けられた。宇宙をそのまま切り取ったみたいな、深い藍色の長方形の紙切れ。 そしてあの、若葉色の靴。
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