午後四時に最後の雪が降る。

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 らったったったったー、と聞いたことのないメロディをくちずさむ男の子と出会ったので。わたしは音楽プレイヤーの電源を切った。  は、と息を吐いたら僅かな水分が凍結して真っ白になった。冬は好きだ。呼吸が視覚化されて、自分の生きている証を掴めているような気がする。  半袖の白いシャツを着て、薄茶色の七分丈のズボンを履いたその十歳頃に見える少年は、駅のホームのベンチに座って楽しそうに歌っていた。らったったったったー。綺麗な声だ、と思った。 「ねぇ、君、だいじょうぶ」  その歌を中断させるのはとても勇気がいった。少年の視線がぼんやりと宙をさまよう。おーい、とわたしが声をかけると、やっと少年はこちらを見て、へにゃ、と崩れるように笑った。 「どうかしましたか?」 「どうかしてるの、そっちじゃない? 寒いでしょう」  通勤用のカバンを抱えて、少年の目の前にしゃがみこんだ。冬の早い夕暮れが終わりかけていた。駅のホームのぼんやりとした灯りに照らされて、少年の藍色の目がきらきら光った。 「いいえ、ぼくは、寒くないですよ」 「いやいや、それはないでしょう。今日雪が降るって言ってたよ。寒いんだよ」  ゆるり、と少年が首を傾げた。 「ゆき、ゆき、ゆき……ああ、白の、冷たい、花ですね」 「そう、冷たいの」  自分が巻いていた赤いマフラーを少年肩にかけた。少年の頬はりんごみたいに赤くなっている。長いあいだ、ここにずっといたのだろうか。氷点下のホームで、薄い生地の服で、手足を露出して。マフラーをかけられた少年は不思議そうな顔でわたしを見る。 「寒くないんですよ、ぼく。本当です」 「そんな」 「おねえさんは、」  少年はひどくゆっくり喋る。この世の不幸をなにも知らないかのような、穏やかな笑顔だった。 「どうして、ぼくに、声をかけたのですか?」 「……寒そうだったから」  とん、と少年が椅子から降りる。少年の亜麻色の髪の毛がさらさらと揺れた。 あたりをゆっくり見渡してから、しあわせそうに笑う。 「ああ、駅だ……」 「どうしてここにいるの?」  じわじわと夕闇が侵食していた。わたしも立ち上がる。マフラーのなくなった首筋がすぅすぅと寒かった。雪が降る、とわたしは思う。どんよりと空を覆う雲と冷たい風と。今年最後の雪がやってくる。
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