2人が本棚に入れています
本棚に追加
らったったったったー、と聞いたことのないメロディをくちずさむ男の子と出会ったので。わたしは音楽プレイヤーの電源を切った。
は、と息を吐いたら僅かな水分が凍結して真っ白になった。冬は好きだ。呼吸が視覚化されて、自分の生きている証を掴めているような気がする。
半袖の白いシャツを着て、薄茶色の七分丈のズボンを履いたその十歳頃に見える少年は、駅のホームのベンチに座って楽しそうに歌っていた。らったったったったー。綺麗な声だ、と思った。
「ねぇ、君、だいじょうぶ」
その歌を中断させるのはとても勇気がいった。少年の視線がぼんやりと宙をさまよう。おーい、とわたしが声をかけると、やっと少年はこちらを見て、へにゃ、と崩れるように笑った。
「どうかしましたか?」
「どうかしてるの、そっちじゃない? 寒いでしょう」
通勤用のカバンを抱えて、少年の目の前にしゃがみこんだ。冬の早い夕暮れが終わりかけていた。駅のホームのぼんやりとした灯りに照らされて、少年の藍色の目がきらきら光った。
「いいえ、ぼくは、寒くないですよ」
「いやいや、それはないでしょう。今日雪が降るって言ってたよ。寒いんだよ」
ゆるり、と少年が首を傾げた。
「ゆき、ゆき、ゆき……ああ、白の、冷たい、花ですね」
「そう、冷たいの」
自分が巻いていた赤いマフラーを少年肩にかけた。少年の頬はりんごみたいに赤くなっている。長いあいだ、ここにずっといたのだろうか。氷点下のホームで、薄い生地の服で、手足を露出して。マフラーをかけられた少年は不思議そうな顔でわたしを見る。
「寒くないんですよ、ぼく。本当です」
「そんな」
「おねえさんは、」
少年はひどくゆっくり喋る。この世の不幸をなにも知らないかのような、穏やかな笑顔だった。
「どうして、ぼくに、声をかけたのですか?」
「……寒そうだったから」
とん、と少年が椅子から降りる。少年の亜麻色の髪の毛がさらさらと揺れた。 あたりをゆっくり見渡してから、しあわせそうに笑う。
「ああ、駅だ……」
「どうしてここにいるの?」
じわじわと夕闇が侵食していた。わたしも立ち上がる。マフラーのなくなった首筋がすぅすぅと寒かった。雪が降る、とわたしは思う。どんよりと空を覆う雲と冷たい風と。今年最後の雪がやってくる。
最初のコメントを投稿しよう!