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「つめたいところ」
男の子が線路を指さす。
「つめたい、ところに、行きたくて。電車に、乗ったら、着くところ。つめたいところに」
「つめたいところ……」
「そう。そこで待っている子がいて。だからぼくは、駅のホームを探していたんです」
かんかんかんかぁん……
踏み切りが降りるときのサイレンが遠くから聞こえた。電車が来る。音の聞こえた方をすっと見た男の子は、口を開く。
「さみしい音ですね」
「電車が来るよ。乗るの?」
さあ、と少年は言った。びゅうう、と風が吹く。冷たい風だった。一つに結んでいた髪を、わたしはほどく。少しは寒さがマシにならないかな、なんて。
ごう!と轟音を撒き散らしながら、特急電車が通り過ぎて行った。
「……あれは、違います」
「そうだね」
「藍色の、ちいさな電車なんです。座席は赤くて、居心地のよい、電車」
「そう……」
この地を走る電車は白地に緑のラインが走った車両だ。藍色の電車なんて、見たことない。へんな子、と心の中で呟く。空想が好きなのだろうか。今も少年は掴みどころなく笑っている。
しかしわたしは、掴みどころなく笑う変な子の扱いは少しばかり得意なのだ。 あと、不思議なことに関しても経験がある。去年の春の、たった一度っきりの経験だけど。
「次の、そのまた次の電車まで、一緒に待つわ」
「え、でも。おねえさん、寒いでしょう」
「君よりは寒くないわね」
少年の隣に座る。ベンチはひどく冷たかった。
「名前、教えてくれる?」
「ぼく、ぼくは。シグナル。シグナルって呼んで、ください」
ほんのかすかに、めまいがしたような気がした。
*
やさしい子が、待ってるんです。シグナルと名乗った少年はそう言った。すっかり冷えきっていた手のひらにホットのココアを差し出したら、嬉しそうな顔をした。
「ありがとうございます」
「いいよ。その、やさしい子っていうのは、どんな子なの?」
「ええと、目が、きらきらしてます。藍色」
「君と一緒だね」
「そう、ですね。彼女の方が綺麗だったけど……黒色の髪で、あと、そう、絵を描くのが上手」
「絵を描くのが、上手……」
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